遺伝子組換えは安全な技術なのでしょうか?その4ある惣菜製造の大手メーカーの話

まず、この下の文章を読んでみて下さい。これは、1990年代の後半に、ある惣菜製造の大手メーカーが新聞に出した一面全面広告です。あるお豆腐屋さんが遺伝子組換えをしていない大豆で作った自社の豆腐の宣伝文句と同じく、一見、もっともらしく、まったく意味のない文章です。そして、時を経ても、その無意味さを私たちに思い知らせてくれます。

天然そだち。○○の豆製品の原料豆は、遺伝子組み換え豆ではありません。

これからも、これまでも。○○は、天然の素材のおいしさにこだわりつづけます。

カラダにいいものだけを食べたい。このあたりまえのことがむずかしい世の中です。だからこそ、○○は天然の素材にこだわりたいと思うのです。そのためにまず、私たちは原料豆の選定からはじめます。「××(煮豆の商品名)」をはじめ、すべての豆製品に遺伝子組み換えという手法は一切使わず、ゆたかな栄養を含んだ大地で手間ひまかけて、じっくり育てられ収穫されたものだけを使用。さらに念には念をと、安心確認のために最新の検定機器で厳しい検査と品質管理も行ない、たしかなものだけを食卓にお届けしています。安心できる素材で作った、安心できるおいしさを。健康な食生活のおてつだいをめざす○○の、安心をキーワードにした”おいしさづくり”は、これからもつづきます。」

まず、カラダにいいものだけ、天然の素材にこだわりたい、大賛成です。でも、なぜ、ここで遺伝子組み換えが出てくるのか、理解に苦しみます。この惣菜やさんは、遺伝子組み換えがこの2点に反していると思い込んでいるのか、わかっていて、他の会社のものより、何かの違いがあることをこじつけているのでしょう。

ゆたかな栄養を含んだ大地で手間ひまかけて、じっくり育てられ収穫されたもの、これは、むしろ国産より輸入もののほうがあてはまるかもしれません。

安心確認』という言葉を、初めてききました。「不安」と言うからには何が不安なのかをはっきりさせる必要があります。遺伝子組換えが不安だと言っているのでしょうが、それなら、遺伝子組換えのどの点が不安なのかを述べてほしかったと思います。

安心をキーワードにした”おいしさづくり”とは、よく考えると何を言わんとしているのかまったくわかりません。安心なものはおいしいのでしょうか?それとも、おいしいものは安心なのでしょうか?

この文章が、どれほど、論理的でないかは、お豆腐やさん版以上です。試しに、『遺伝子組み換えという手法は一切使わず』を『遺伝子組み換えという手法以外は一切使わず』に変えてみるだけでいいのです。

天然そだち。○○の豆製品の原料豆は、遺伝子組み換え豆しか使いません

これからも、これまでも。○○は、天然の素材のおいしさにこだわりつづけます。

カラダにいいものだけを食べたい。このあたりまえのことがむずかしい世の中です。だからこそ、○○は天然の素材にこだわりたいと思うのです。そのためにまず、私たちは原料豆の選定からはじめます。「××(煮豆の商品名)」をはじめ、すべての豆製品に遺伝子組み換えという手法以外は一切使わず、ゆたかな栄養を含んだ大地で手間ひまかけて、じっくり育てられ収穫されたものだけを使用。さらに念には念をと、安心確認のために最新の検定機器で厳しい検査と品質管理も行ない、たしかなものだけを食卓にお届けしています。安心できる素材で作った、安心できるおいしさを。健康な食生活のおてつだいをめざす○○の、安心をキーワードにした”おいしさづくり”は、これからもつづきます。」

何の矛盾もないまま、正反対の論理が成り立ってしまいました。これは、この惣菜やさんが、遺伝子組み換えの本当のことを知ろうともせずに、ただ単にマーケティングツールとして利用しているからです。安全を問題にできないので、苦肉の策として作り上げた『安心確認』という言葉には、一体どのような意味があるのでしょうか?そもそも、安心と言うのは確認するようなことなのでしょうか?

この惣菜やさんが、遺伝子組み換え技術が安全なとてもすばらしい技術だと理解していれば、ほんとうに確かなものだけを食卓に届けることができるでしょう。

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