

ジャーナリスト目指して関大・新聞学科へ |
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関西大学まではトコロ天方式だった。後ろから押し込んで、前へ突き出すあの方式で、中学、高校、大学と進学していったので、入学試験には悩まされることはなかった。 |
体育部に属さず「アルバイト」に |
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父も新しいものが好きだったので、新聞学科への進学には賛成してくれた。これからは必ず情報化時代を迎え、マスコミが注目されるだろうと、アドバイスまでしてくれた。4つしか部がなかったので、便宜的に文学部の所属にされたのだろうが、本来は社会学部か情報学部という名称にすべきではなかったかと思う。 |
三輪の運転手からパチンコ屋の「サクラ」まで
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夏休みと冬休みは暇がありすぎるほどある。いろいろなアルバイトをして小遣いを稼ぐこともできたが、それ以外にも将来の人生設計に役立つことを実地に勉強をさせてもらったことが一番の収穫だった。 |
「おはようございます」の良い習慣を残し |
ゴム製造ゴム製品を作っている会社は、長い間、高校野球のテレビ放送のスポンサーをしていた十川ゴムである。この会社は神道を経営に取り入れており、朝の始業前に社員が集まって簡単にお祈りをした後、工場長があいさつをする。 |
立派な木材も表面一ミリだけ |
木材加工高島屋製作所はデパートの高島屋系列の工場で高周波で曲げにくい木を見事に曲げるなど、独自の技術を持っていた。階段に取り付けられる木の手すりは踊り場の部分でぐるりとUターンするようにカーブしている。あのような太い木がどうして曲がるのか不思議でならなかったが、ここに来てその謎が解けた。高周波と水と原型があればどんな形にでも変化させられるということだ。 |
サクラがきっかけで「好き」が「嫌い」に |
パチンコ屋変わり種のアルバイトとしては、パチンコ屋の「サクラ」がある。ある日、大学就職科の掲示版でアルバイト情報を見ていると、「パチンコ屋のサクラ」と書いてあるではないか。当時パチンコが好きでよく負けたり、勝ったりしていた。 |
景品のないパチンコはやっておれない |
パチンコ屋続き景品のかかっていないパチンコなんて、クレープの入っていないコーヒーよりも味気ないものだ。 |
稼ぎが良かった三輪の運ちゃん |
三輪自動車運転手稼ぎがよかったのは車の運ちゃん。昭和28年、関西大学のピカピカの一年生のときに自動二輪と自動三輪の運転免許を取得した。当時はタクシーでも自動三輪を使っていた。走るとき「バタバタ」と音がするところから「バタバタ・タクシー」と呼んでいた。 |
胃下垂防止にと腹にさらしを巻いて |
三輪自動車運転手続き振動がひどいので、鉄火場のやくざのように腹にさらしを巻いて車に乗った。そうしないと胃下垂になってしまうからだ。街の中は別として主要道路でもちょっと郊外に出ると、未舗装の道が多く、あちらこちらに凸凹あるので、雨が降れば水たまりができるし、クッションの悪さも加わって車は揺れに揺れた。 |
主、従の差別に怒り感じる |
紙製品卸近鉄と国鉄(現JR西日本・環状線)が交差する鶴橋駅近くの紙製品の卸屋さんがあった。ここでも運転手のアルバイトをさせてもらった。 |
リサイクルは昔からあった |
古缶回収古缶回収業の運転手も面白いものであった。助手席に乗るのはこの店のベテラン番頭である。空き缶がたくさんあると思える西区、港区の工場街を適当に走ってほしいという。工場の塀のそばで車を止めると、ヒョイと身軽に塀をよじ上って中を覗く、ドラム缶や石油缶が積んであれば、正面入り口に車を回して、空き缶を売ってほしいと申し入れる。 |
一斗缶は四、五回よみがえる |
古缶回収一斗缶の場合はまず、苛性ソーダを溶かした湯槽に缶を浸けて表面を洗う。 |
吟詩は三段、号は「春島」 |
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腹の底から大声を出し詩を吟ずる。自宅の近くに松村という先輩がいた。家業は染め工場であったが、二階の居間を週に1回、吟詩の練習場として提供してもらっていた。関西大学の吟詩部にしばらく所属していたことを誰かに聞いたのか、この先輩にやや強引に練習にくるように誘われた。 |
漢詩、表現の豊かさに教えられる |
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漢詩は独特の韻を含んでいる。張継作の七言絶句「楓橋夜泊」例を取ると、 |
実際の寒山寺には期待外れ |
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社員旅行で中国の上海に旅行したとき、蘇州の寒山寺を訪ねる機会があった。張継のすばらしい漢詩を思い出し、大いなる期待を描いていたが、これは見事に裏切られてしまった。 |
稽古事は長く続けることが勝ち |
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吟詩をやったおかげで、人前で話をするときも上がらなくなったし。親しみにくかった漢詩を身近に感ずるようになり、その良さが再発見できたこと、腹式呼吸による発声の大切さを知らされ、難しい漢字や熟語を覚えたこと、字源、原典などの理解が深まったことなど、その後の人生に役立つことを数多く学んだ。 |
入るはヨイヨイ、出るはコワイ |
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大学生活の最後の難関は卒業論文である。入学は中学校からの押し出し式で大学まで来たので苦労はしなかったが、出るときは大変。なんだか、アメリカの大学のような感じである。アメリカでは「入るはヨイヨイ、出るはコワイ」といわれている。 |
卒論は法科なみ「新聞の名誉毀損について」 |
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厳しい現場経験を経て新聞社の幹部になった錚々たる経歴を持つ教授に対して、新聞をまともに卒業論文として取り上げると、口頭試問でこっぴどくやっつけられるだろうと考え、新聞学科より法学部の卒論に近いテーマをわざと選んだ。「新聞記事による名誉毀損の罪について」というものである。 |