FRPの将来性に賭ける |
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FRP(Fiberglass
Reinforced Plastics)つまりガラス繊維で強化したプラスチックのことである。原料である液状の不飽和ポリエステル樹脂に硬化剤を混ぜると、熱が発生してある時間が経過すると硬化するが、煎餅のように薄く伸ばしたものは、折り曲げるとポキリと折れてしまう脆い性質を持っている。 |
脱繊維をFRPファッション建材で |
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大阪の一流ホテルのロビーから見える大きい岩。瀧も流れている。こんな大きなものをどうして運び込んだのだろうと思われる人もいるが、実の所はFRP製の人造岩である。本物の岩から原型を取れば寸分も違わぬものができあがる。1ブロックは片手で持てるほど軽く、現場でつなぎ合わせると、どんなに大きなものでも作れる。 |
社内の反対意見を押し切ってのスタート |
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FRPの存在を知ったのは昭和49年に英国毛製品輸出協会と日本繊維輸入組合の共催でウインドウディスプレーコンテストを開催したときのことである。その参加賞ともいうべきウインドウ用のPOPをFRPで制作した。 |
ジャパンショップに出展、カタログ配布 |
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昭和49年ごろより小物ではあるがFRPを手がけ約9年間も温めていたものだけに、万全の準備は出来ていた。昭和55年、ちょうど49才のときである。50の大台に乗ると、新規事業に取り組むだけの意欲が衰え、事業を推進するバイタリティも薄れてしまうのではないかという切迫感が心を支配していた。 |
展示会開催中に注文第一号 |
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昭和59年、東京の晴海・国際見本市会場で開催された第13回店舗総合見本市(ジャパンショップ)に参加することにした。当初は無駄な経費を極力省くため、東京への搬入もレンタカーを借りて、社員が交代で運転して、出品商品やカタログを運んだ。開場されるや否や入場者がどっと入ってきた。時間が経過してもその勢いは絶えない。 |
高齢の相談役に刺激を受けて |
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商売の経験も豊富な当社の相談役・瀧口武雄氏に、FRP事業への協力をお願いしたところ、70歳を過ぎている高齢にもかかわらず快諾していただき、商売の仕方を一から教わった。 |
売上げ伸びたが、生産面で問題 |
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順調に売り上げが伸びてきたのは良いのだが、問題点も出てきた。 |
ついに裁判沙汰、結果は勝訴 |
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柱の原形は自分で作ったオリジナルデザインで、それと同一の商品を販売するのは不正競争防止法違反だと、商品の差し止めと以後のカタログへの掲載を中止するようZ社のM氏が訴えてきた。何回かの審理の後、これは不正競争防止法違反ではない、つまり、こちらの言い分が正しいとの判断が示された。 |
量産目的の原型には著作権なし |
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先方の主張は自分がデザインをして造った原型を使って制作した柱は、オリジナル商品であり、これと同じデザインの商品を売ることは、民法で言う不法行為に当たり、それによって受けた損害を賠償せよ、と、いうものである。 |