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昭和32年〜平成4年(日装時代)

会社の存在意義を明確化

CI(Corporate Identity)。イミダスによると「企業の特質・全体像を一見して識別させ、内外に認知させる仕組み。いわばその企業の身分証明書である。環境が複雑になり、これに応じて企業も多角化、脱本業などを通じて複雑化してゆく。そこで今一度自らのか自己確認を行い、社会における自社の存在意義を明確化する必要が出てきた。
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その企業が何をする会社でどんなビジョンを持つ会社なのかを内外にアピールすることが重要な企業戦略となっている。自社の企業イメージを検討し直し、これを統一して市場に浸透させるとともに、戦略に明確な方向性を与え経営資源の有効利用を図ろうとするものがCI戦略である。

単に社名を変更したりシンボルマークを統一するだけでなく、社内の意識改革や戦略の首尾一貫性を同時に達成する必要がある。」と、CIの意義を解説している。

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路面、仕切のない部屋にこだわった初代社長

私が籍を置いていた日装本社の移転の歴史をみると、昭和32年の創業当初は大阪市南区(現・中央区)の塩町、次は昭和33年に東区(現・中央区)高麗橋の洋服会館へ、そして洋服会館の建て替えのため、昭和38年に東区(現・中央区)久宝寺町にそれぞれ移転している。

初代堀田社長が部屋の中に柱や壁があり、社内に死角が出来るのをいやがると同時に、路面に面した一階の事務所を強く望んでいた。
昭和44年に東区(現・中央区)内本町に条件がぴったりの事務所が見つかった。ところが賃借料が3倍になるというではないか、業績を飛躍的に伸ばさなければ家賃が払えない事態に陥ってしまう。

一種の賭であったが、クライアントの多い船場、谷町の中間にあり、足の便も良いので思い切って引っ越しすることにした。松屋町筋と本町通りの交差点の北西角というロケーションだから、御堂筋、堺筋には負けるが、そんなに悪い立地ではない。
後になって会社の北50メートルの所に大阪商工会議所が進出してきたのと、その北隣りにマイドーム大阪ができ、ファッションショーや展示会、講演会などが毎日のように開催されるようになったので、人通りも多くなった。

それまでの松屋町筋は問屋が並ぶ街として知られており、今でも少し南へ行くと、人形、おもちゃ、お菓子の問屋さんが店舗を構えている。そのためか、オフィスとしてはあまり良い立地とはいえなかったが、二つの公共施設が、周辺の環境を180度変えてしまい、事務所用としての新築ビルが次々に建てられた。

新しい建物が増えると築25年以上を経過した我が社が入居しているビルの古さが目立ってきた。電動のシャッターが動かなくなったり、明日から正月休みという12月の末に水道管が破裂したり、地盤の沈下で下水道の管が割れたり、いろいろアクシデントが起こった。

ビルのオーナも度々の修理に音を上げたのか、この老朽化したビルを信託方式で、建て替えることになった。平成2年から4年まで間は、中央区鎗屋町に仮事務所を設けた。建設計画はバブル経済の最中、着工はまだ燃え上がった余熱が残っているとき、完成は完全にバブルが弾けた直後であった。

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自前のCIで意識改革

平成4年、もとの場所に建築されたビルに戻ったが、初代社長がこだわった一階は交差点と駐車場入り口は、5メートル以上の距離をおかなければならいという法規制により一階は駐車場への通路になり部屋は作れないので、やむなく二階に入居した。

ちょうど創業三十五周年にあたる記念すべき年に事務所も新しくなったので、記念行事を企画することになった。社内から案を募ると、新しいアイデアのパーティ、チャリティ・イベント、海外慰安旅行などいろいろ出てきたが、当時の流行現象に合わせたわけではないが、CI事業に取り組むことになった。

一般的に言ってCI事業はお金と時間がかかるため、かなりのスケールをもつ企業でないと実行できないと思われている。当社にはこれを社内でこなせる能力があるので他社に依頼するのに比べてコストは安くあがる。

他の小さい企業では出来ないことをやっているのだという自負をもってこの事業に取り組んだ。
マーク、会社のロゴタイプを変えるのはそんなに難しいことではない。一番やっかいなことは、人間様の考え方を変えることだ。ことに新聞社といえば個性派の集団rainbowでそれぞれの人が独自のライフスタイルを形成している。

しかし、社員の意識改革が最も重要な要素になっているので、何回か社内ミーティングを行い、進捗状況を報告し合いながら、このCI事業の意義をわかってもらうようにした。

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「五つの前進」を企業理念に

株式会社日装には「日装三点鐘」という社訓があった。

1、さらに知恵を使おう。
思考は人類に与えられた特権であり、創造の源泉である。知恵は考えることによって無限に生まれる。日装の使命またここにある筈。

2、さらに誠実であろう。
冷厳な社会の中で誰をも暖かく納得させ、幸福に導くものは誠実な心とそれによる行為である。日装の使命またここにある筈。

3、さらに努力をしよう。
お互いに手を取り合い、努め励むことによって向上発展の道を拓いてゆかねばならない。努力無いところに成功また有り得ないからである。日装の使命またここにある筈。

まことに良く出来た社訓である。初代堀田社長が考えだしたもので、長い間、株式会社日装のバックボーンとなってきたものである。
この三点鐘をベースにして、二つの新たな項目を付け加えた。国際性と独自性である。
英語で表現すると
1、さらに知恵を使おう。 Think
2、さらに誠実であろう。 Honest
3、さらに努力をしよう。 Effort
4、さらに国際性を。 Global
5、さらに独自性を。 Originality


英語の頭文字を拾ってみるとTHE”GO”となる。社民党土井党首の言葉ではないが、「やるしかない」の意味にとれる。

そこで「日装五つの前進」と名づけ新しい企業理念とした。

日本洋装新聞の題字、雑誌「VP」のタイトル、会社のマーク、社名のロゴmouseタイプなど、デザイナーを中心に試行錯誤を繰り返し、新時代にふさわしい斬新なものに変更した。
各自が使っていたバラバラの名刺も色彩、デザインをすべて統一したものにした。

企業理念とか、行動基準といったものは目に見えないものであり、即利益に結びつかないので、疎かにされ勝ちである。スケールの小さな会社ではその必要性すら感じていないところが多い。しかし、スケールの大小を問わず会社が存続するうちは、自分の会社は何のために仕事をしているのかを社長から新入社員に至るまではっきり認識していなければならない。

創業35周年を期して次の時代に引き継ぐ財産ができた。企業の使命の一つゴーイングコンサーン(継続性)とは、会社の組織を残すだけでなく、経営理念も時代にあわせて多少修正されることがあっても,何代かにわたって継承されていくことが大切だと思う。

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