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ITC

昭和32年〜平成8年(日装時代)

国際交流目指し一流店が結集

ITC(インターナショナル テーラーズクラブ)は昭和32年に発足した地域一番店の集まりである。アテネで国際注文洋服業者連盟(FIMT)の総会が開催された時、帰りの飛行機の中で千葉の故八田章氏が、「これからのテーラーは国際交流が大切になってくる。ついては、日本にも組織が必要である。地域一番店が集まって情報を交換や国際交流を図りたい」と提案した。

早速全国の有力店に連絡を取るとともに、国際総会で知り合いになった各国のリーダーに海外会員になってもらうように依頼した。

設立総会ともいえる第1回の会合は兵庫県の有馬温泉で開かれた。この時点での名称は「国際テーラーズクラブ」だったが、後に「インターナショナル・テーラーズクラブ」と名称を変えた。その事務局を日装が受け持つことになった。

東京では銀座の英國屋、大阪では松崎など、地域一番店ばかりが会員となっている。

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団体の力で「英国大使館後援の店」

とりあえず、ITCのシンボルマークを決め、鷲をあしらったデザインのステッカーを大、小2種類を作成し、洋服箱、ウインドウ、車、カタログなどに張り付けてもらうようにした。

引き続いてウインドウに飾るITCの会員店章に変わるディスプレーを制作した。団体の力で「英国大使館後援の店」を表示することも許された。その他、消費者向けのパンフレットを作るなどしてITCの存在をお客さまに知ってもらえるように努力した。名刺にも「インターナショナル・テーラーズクラブ会員の店」と、表示するようにした。

もともと地域一番店だけにその地域での知名度、イメージの高さは、かなりのレベルを保っていたが、国際的なつながりを前面に打ち出すことにより、より高いイメージを形成しようというのが、この会狙いの一つであった。globe

洋服は書いて字のごとく「西洋の服」である。特にヨーロッパ諸国とのコネクションは、イメージアップだけではなく、ファッション、技術、経営などの情報を入手するためにも必要である。

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話題性のある場所で集会

店のイメージアップに備えての、会員の資質のさらなる向上を目標に、毎年1月に新年総会、6月に定時総会、8月には夏期セミナーを開催してきた。
開催地は話題性のある場所が選ばれた。会員店が全国に散らばっているし、一番店らしく顧客には地元の有力者が多いため、情報入手には事欠かなった。それぞれの地域から寄せられる情報をもとに、話題性、交通の便などを検討して総会開催地の選定にとりかかればよかった。

東京ディズニーランドが話題になると「シェラトン・グランデ・トーキョウベイ・ホitcbildgテル」を拠点に見学した。瀬戸大橋ができた時は「せとうち児島ホテル」を利用した。昼の雄大な眺望、夜にはイルミネーションでロマンチックな雰囲気を醸し出す大橋を眺めながらの勉強会である。

長崎のハウステンボスでは、「ホテル・ヨーロッパ」に宿泊、開発段階から関わってきた同社の幹部から、排水による公害防止に万全の設備を設置しているなど、一般では耳に入らない話を聞かせてもらった。

南では、宮崎シーガイアの「ホテル・オーシャン45」、北では札幌の「ラマダ・ルネッサンス・ホテル・サッポロ」を会場にした。前者はドームの天井が開閉する人工渚で、後者は徹底したサービス精神で人気ナンバーワンになったホテルとして知られるところだ。

この他、ホテル界を代表する「帝国ホテル」、横浜で一番高い横浜ランドマークタワー25階の「横浜ロイヤルパーク ホテル ニッコー」、格調の高さを誇る高輪、宝ヶ池、大津などの各「プリンスホテル」、ヨーロッパの人にも人気のある本格派の「ホテル ニューオオタニ」、大壕公園の花火が一望できる「福岡山の上ホテル」など、数え上げているときりがないくらい。

年が明けて各地で行われる新年会が一段落した頃にITCの新年総会が開催される。新年には日本調が良いということで、一見客お断りを看板にしたり、1人では入りにくい料理店が選ばれることが多かった。

主な店名をあげると、ひろや、柊屋、吉兆(以上3店は京都)、かよう亭(石川・山中温泉)、佳水郷(石川・片山津温泉)、大丸別荘(福岡・二日市温泉)、明神館(長野・松本市)などである。

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専門講師を招いての勉強会も

会員が講師役を務めることもあるが、大学教授、経営コンサルタント、評論家、素材メーカー社長などの外部講師を招いての勉強会も度々開かれた。
年々難しさ増してくるテーラー経営を中心に、政治経済、流行、技術、素材などをテーマにした。

初日に講師よる講演がおこなわれると、翌日には会員店の現況報告をする。売れ行きの状況や素材の流行傾向、技術者対策、成功したこと、失敗談など隠すことなく話し合う。会員が各地に分かれており、利害の対立がないため、企業秘密に属することまで、本音で語られるところが魅力となっている。

この場で話し足りなかった問題は夕食時やその後、バーにところを変えてアルコールをちびちびやりながら、リラックスした雰囲気で、論議が続けられる。それでも話が尽きないという人は部屋に戻ってということになるが、議論が伯仲し、明け方まで話し合ったこともある。

地域の一番店になるには、それなりの理由があり、並の努力では一番店にはなれない。厳しい競争をくぐり抜けて一番の地位につくことは難しい。一代で築き上げた店、二代目、三代目、百年以上にわたる四代目と、様々だが、それぞれに個性的な人生哲学、経営理念を持っていた。特異な個性を発揮した会員が多い。

事務局として会議の進行を計りながら、サイドで聞いているだけでも教えられるところが多かった。
あちらこちらと話題の場所を訪ねての勉強会なので、自然と視野が広がる。
講演、会員の状況報告は、より高いレベルを目指す人間としての生き様を考える上で、参考になることが多かった。

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地域一番店になる要素は

洋服に関する話題を前半に入れて、後半でITCのメンバー店を紹介する二部構成の単行本「男の『幸服』」を出版することになり、全国の会員店を訪問した。創業から今日までの歩み、経営方針、顧客対策、技術のこと、ファッションについて、などいろいろ聞きながらの取材をした。

豊かな個性。それぞれの店が違った道を歩みながら、地域一番店の地位を築いてきた。お店の沿革は千差万別、その店ならではのストーリー、エピソードを持っていた。
一つだけ共通点のあることを発見した。

どこの店でも「お店が繁盛した秘訣は何でしょう」と聞いてみたところ、少し考えて「特にないですね」という答えが決まって返ってきた。
それでは取材にならないのでもう少し突っ込んだ質問をぶつける。そうするといろいろとその店独自の方策が見えてくる。

例えばある店では御大典の時、当時では珍しい生地見本を張り付けたダイレクトメールで「礼服のお誂えなら当店で」と訴えた。予想以上の反応があり、職場が音を上げるほどの注文を受けたが、これをきっかけに礼服ならあの店で・・・という客が増え今日に及んでいるという。

また、ある店では先先代のころ、その洋服が完全に駄目になるまでボタンが取れないことをうたい文句にしていた。以来「あの店は良い服を作るよ。何せボタンが絶対に取れないのだから」と、顧客の間で神話が生まれ、その神話が今日まで語りつがれているという。

もちろん、背景には優れた技術力と店としての信用の裏付けがあるから、ワンポイントでその店の特徴が言い表されているわけで、当の本人は特別なことをした意識がなく、体質そのものになってしまっているか、遺伝子段階まで組み込まれ、隠れた特性になっている。

人間は案外単純なところがありちょっとしたことに、感激したり感動したりする。反対に「これでどうだ」と、力むと反発を食うものだ。

もう一つの発見は創業者精神が薄れてくると店は駄目になり、それが脈々と流れているところは経営基盤がしっかりしてるということだ。
「特徴のないところに魅力なし」、「匂いが無くなると味もなくなる」ということか。

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