(その1)
アジアが先か、ヨーロッパが先か |
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アジアを先に見てヨーロッパへ行くか、ヨーロッパが先でアジアが後の方が良いか議論の分かれるところだ。 |
香港、夜の11時に眼鏡を納品 |
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中国人の商売の上手さにも教えられるところがあった。 |
台湾、ペアー人形の値札のからくり |
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台湾ではペアになった人形の焼き物を買いたい人がいたので、日本語の達者な台湾人女性と三人で人形店へ行った。一つ一つの人形の裏には価格が表示してあった。 |
目抜き通り・南大門に並ぶ注文服店 |
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昭和47年9月に韓国洋服業界の視察に出かけた。飛行機でソウルまで飛び、高速バスで大邸、鉄道で釜山へ移動するバラエティに富んだ旅だった。 |
釜山、TVアンテナは山口向き |
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昭和47年当時の韓国は既製服が未発達で、注文洋服の値段も安かったので、一般市民でも注文服を買うことができたのである。 |
初海外はゼニア社の「ファッションセミナー」 |
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日装では毎年輸入服地特集号を出版している。それには見てきたような英国の産地情報が掲載されている。ロンドンのウールン・マーチャントのマップまで紹介している。どこの隣には何があると細部にわたる解説もある。 |
ヨーロッパ第一歩は「難破船空港」 |
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物見遊山に終わらないようにセミナーを開催したこと、旅費が格安だったこと、3社が競って参加者を集めたことなどで参加者が多くなり、一機の飛行機に乗りきれないほどの人気だった。このツアーに同行取材をした。 |
オランダで生やした髭、26年保つ |
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ヨーロッパで初めて降りたスキポール空港で、ある種のカルチャーショックを覚えた。入国管理官、税官吏、航空会社の従業員、バス・タクシーの運転手、あらゆる業種にひげを蓄えた個性的な人が実に多かったことである。 |
文明は進んだが、文化、哲学は足踏み? |
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もう一つのカルチャーショックはバチカン教皇宮の内部装飾だ。小さいタイル状の石を貼り付けて模様を構成しているが、気の遠くなるような作業である。色彩、デザインの感覚もすばらしい。 |
美しい自然環境の中で勉強会 |
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高級紳士服地メーカー・ゼニア社の本社はトリベロにある。イタリア北部の町ビエラをさらに北へ入った山間の町である。町というより人口6,000人の長閑な山村という表現の方がぴったりくる。一つ山を越えればスイスという北のはずれ。 |
立て続けに石津謙介氏と欧州へ |
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イタリアン・ファッション・セミナーの旅から帰って2カ月ほど経ってまた、ヨーロッパへ出張することになった。昭和48年に創刊されたファッション雑誌VP(ヴィピィ)の資料を集めるのが目的。日本メンズファッション協会(MFU)の理事長で、服飾評論家としても名が知られている石津謙介氏がコーディネーターを務めるツアーに参加した。 |
世界最大の「ケルンメッセ」で情報収集 |
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MFUは服地メーカー、アパレル、服飾デザイナーなど、頭の先から靴に至るまで、男のお洒落に関わる個人、法人が会員となっている。年に2回鈴鹿サーキットなどでファッション産業会議を開催、メンズファッションを中心に政治、経済、社会と、広い視野での勉強会を主宰している。 |
写真盗み撮りで評判落とす日本人 |
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ケルンメッセには日本からの来場者も多く、ピーク時には1,500人もの来場があったが、出展者の評判はあまり良くなかった。と、いうのはヨーロッパのメンズショップはこの展示会を次年度の商品仕入れの場と捕らえているのに対して、日本人は情報収集の場と考えているからで、新製品を写真で盗み撮りしたり、たまに買ってくれると、見本という名目で一着だけだという。 |
メッセでホテル不足、船で宿泊したことも |
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一度は日本からホテルの予約を入れ、OKの返事をもらって出かけたのに、ホテルに到着したら部屋がないと言われた。予約も取ってあるのにと抗議してみたが、「何かの手違いかも知れないいが、ないものはどんなに言われてもないんだ」と言うばかり。困り切った顔を見て「良いホテルを紹介するから今から行ってみては」と住所とホテルの名前を書いたメモをくれた。 |
民宿では経営者の老夫婦と朝食 |
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ケルンではホテルがなく、在日ドイツ商工会議所で民宿を取ってもらったこともある。 |
省エネではドイツが一歩先を行く |
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ヨーロッパの冬の夜は長い。「朝は朝星、夜は夜星」の出勤となる。メッセが終わる頃はすでに暗くなっている。 |
「無駄なタクシーに乗るな」一ドイツ人の忠告 |
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この民宿にドイツの地方からメッセに出展している小規模な鞄屋さんの主人が宿泊していた。ある日の朝メッセに行くためストリートカーの来るのを待っていたら、「グーテン・モルゲン」と、くだんの鞄屋さんがやってきて挨拶した。 |
パリではセーム展とクチュールのショー |
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フランスのパリでは、地下鉄のポートベルサイユ駅の近くで、毎年2回開催されるセーム展(SEHM)を見ることにしている。ドイツのケルンメッセとは良い意味でのライバル関係になっているので、ケルンが先でセーム展が後か、あるいはその逆といったように日程がずらされている。 |
ホモがデザイン界を支配 |
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ファッション・ショーも開催するからには、話題になるようなものにしたいと考えるのは当然のことだ。その作品もマスコミ受けする趣向の凝ったものも必要だが、話題だけでは飯が食えない。ヨーロッパだから「パンも食えない。」というのが正解かも知れない。アパレル業者が興味を示してくれる作品、売れ筋商品をおりまぜておくことが必要だ。 |
身障者への配慮で恥ずかしい経験 |
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パリでは非常に恥ずかしいというか、その人に申し訳のないことをしてしまったことがある。シャンゼリーゼ通りの下を走っている地下鉄のジョージ五世駅(ジョルジュ・サンク)で降りて、地上へ出ようとしていたとき、白い杖をついた目の不自由な人が横を歩いていた。 |