(その2)
英では「ファブレックス」と「パークレーン」 |
|
イギリスのロンドンでは織物全般の展示会「 ファブレックス」、高級服地が中心の「パークレーン・コレクション」、紳士服の展示会では「インベックス」を取材対象としていた。 |
世界の有名人の服を縫うサビルロー |
|
一時的なヤングファッションが去り、異常な喧噪から再び元のカーナビィ・ストリートに戻ると、残るのは伝統的なイギリス・ファッションである。 |
コンコルドに乗って仮縫いを |
|
石油ブームの時はアラブの要人から100着もの洋服を1度に注文を受けたという伝説も残っている。それもシャツからネクタイ、靴に至るまですべてコーディネートして納品することが約束されていたので大変な作業になった。仮縫いにはあの鳥のような格好をした、超音速旅客機・コンコルドに乗ってくることが条件になっている。 |
背広の語源になったサビルロー |
|
よりよい洋服を求めて世界の有名人が集まるサビルローはロンドンでは一番名の知れたショッピングゾーンであるリーゼント・ストリートの1つ東にある150メートルほどの通りで、ギーブス&ホークス、ハンツマン、キルガーフレンチ、ブレーズなどを初めとする多くの注文洋服店がある。 |
年代で変わる技術者の国籍 |
|
サビルロー・テーラーの高度な技術を収得しようと、日本からの留学生が昭和40年代後半から次第に増えてきた。昭和49年には13名を越えるテーラーの卵がハンツマン、キルガーフレンチ、ヘイワード、ヘレンカーティス、ブレーズなどで技術見習いとして働いていた。 |
水を掛けられ「雨に歌えば」 |
|
英国人の気質を現す幾つかのエピソードを紹介したい。 |
厳しく育てられる特権階級の子弟 |
|
郊外からロンドン市内の地下鉄に乗り入れている電車に乗ったときのことである。小学校の3年生ぐらいの子供と身なりの良い婦人が、途中の駅から乗り込んできた。空いている席に座ろうとした子供に「あなたはゼントルマンでしょう」と声を掛けた。 |
女王の一声で「ビキューナ」取り引き中止 |
|
辛抱強いと言えば石油ショックで発電量が急に不足したとき、アセチレンランプを灯しての商売にも、さほどの文句が出なかった。ホテルを朝早く出発するためにレストランへ行って驚いた。非常用の豆ランプが壁にポツポツとついているくらいで、顔すら判別が難しい。 |
年配のアル中が集まる「チャリングクロス」 |
|
少し英国人を褒めすぎたので彼らの恥ずかしい部分に触れてみよう。ヨーロッパ共通の現象だが、アルコール中毒の人が実に多い。ロンドンのチャリングクロス駅にはどういうわけかアル中患者が集まってくる。 |
アル中でも特技があれば稼げる |
|
ロンドンのピカデリーは旅行者が必ず訪れるところである。近くを歩いていて明らかに英国人と思える人から英語で「ピカデリーに行くにはどうすればよいか」と、何回か尋ねられた。 |
ロンドンに特派員を、欧州の拠点に |
|
日本洋装新聞が毎年4月に発行する輸入服地特集号の取材もさることながら、ファッション雑誌VP(ヴィピィ)の資料集めには、1、2月の春・夏物、8、9月の秋・冬物と年に2回はヨーロッパに出掛けなくてはならない。 |
見本帳の撮影をフランスで |
|
スタイルブック形式の見本帳は1冊あたり1万円を超すほどのコストがかかるが、これが有力なセールスマンの役割を果たしてくれる。ことに表紙にした生地は特に目を引くためか、抜群の売れ行きをみせる。 |
アムステルダム在住のカメラマンと |
|
毛織物の本場愛知県一宮市の大手メーカー「中外国島」が、自社ブランドである「ペガサス・イン・パリ」の販促用としてスタイルブック形式の見本帳を作製することになった。 |
|
海外の写真撮影には少なくとも2回の出張が必要だ。1回目は本番の約2カ月前に、撮影候補地の下見、つまり、ロケーション・ハンティング(ロケハン)をする。モデルの選定も必要だ。ロケハンは現地の事情に詳しい在住日本人と一緒にレンタカーで回る。 |
大晦日を日本とヨーロッパで |
|
日本を代表する毛織メーカー・御幸毛織の社員さんはなかなかの働き者である。 |
日、英、仏それぞれの生活習慣が違って |
|
ミユキ・アドパリの撮影は冬の最中に行われる。冬のパリは天候が悪く、写真の発色が良くないので、南へ下り、地中海沿いの街を選んだ。プロバンスと呼ばれる南部フランスは、北のバリほど寒くなく、天候も安定している。 |
嫌われる団体行動、すべてに個人優先 |
|
そこで一計を考えた。何事も契約で成り立つヨーロッパでは、日本式の精神論を基にした「とにかく協力して欲しい」という一方的な頼み方は通用しないので、「昼休み無しで仕事をすれば、今日は3時に仕事を切り上げるがどうだろう」と持ち掛けると、すんなりOKしてくれた。彼らはフリーの時間を強く望んでいるようだ。 |
食も仕事と「仏」、仕事第一「英」 |
|
カメラマンはロンドンから南フランスの撮影現場に助手とともにやってくる。われわれ日本人スタッフとモデルは、パリからの出発である。日本ならパリのどこどこに何時に集合となり、団体で現地入りするのだが、「郷に入れば郷に従え」で、パリから現地までの航空運賃を現金で渡しておく。 |
日本人は足して2で割る「まあまあ主義」 |
|
これにイタリア人が入ってくると、カンターレ(歌って)、マンジャーレ(食べて)、アモーレ(愛して)となる。生きているうちにトコトン人生を楽しもうというのだ。これらの対立する考えの中に入って、われわれ日本人スタッフはどんな態度でのぞんだのか。 |
英国政府、協会から三度の招待 |
|
24時間、丸一昼夜をかけて、5、6回着陸、給油を繰り返してようやくヨーロッパに到着する「南回り」。アンカレッジで給油、北極点経由のコース。東西の雪解けで可能になったモスクワ回り。ノンストップ直行便と、ヨーロッパへの便はますます早く便利になった。 |
英国最大の繊維展は「ファブレックス」 |
|
ロンドンのオリンピアを会場として開催されるファブレックス展は、開催年度によって変動はあるが約20カ国、600社が参加、毛織物からレース、ジーンズ、衣服用からインテリア用の素材に至るまでのあらゆる繊維製品が展示される。 |
欧州ではタキシードが必需品 |
|
主催者が設定したオフィシャルディナーには、「ブラックタイ着用」とあった。つまりタキシード
を着てこいというといこと。ヨーロッパではこれれが多いのでタキシードは欠かせない。 |
恐竜の骨格見本の傍らでディナー |
|
一般的にいって英國の料理は「美味くない」といわれる。確かに味の面ではフランス、イタリアに差を付けられているが、非日常的な雰囲気で食事を楽しむなどのアイデア面では引けを取らない。ファブレックスの公式ディナーがロンドン市内の自然史博物館で開かれたことがある。 |
アン王女台臨で会場盛り上がる |
|
パークレーン・コレクションには43社、60ブランドの新作が展示されている。 |