このホームページを作った理由


皇国史観と軍国主義を叩き込まれて

「僕たち、小学校を卒業していないんです」こういうと、大抵の人はあきれたような、驚いたような顔して、「嘘でしょう」と聞き返す。これが嘘ではなく、本当なのである。
わが国に国民学校が存在したのは、昭和16年から昭和22年までの6年間だけである。
国民学校の目指すところは、皇国史観と軍国主義を徹底的に叩き込み、国家が目指す理想的な少国民を育てることだった。これまでの小学校と異なるのは「教育」を目的とせず、
「錬成=心身を鍛えてつくり上げていく」を目標に揚げたことである。
児童の体力・思想・感情・意思などを「錬磨育成」という名のもとに画一化を図り、大日本帝国の目指す方針に何の疑いも持たず、従順に従う次代の国民を作ることが、本当の狙いだった。少国民という名にその本心が隠されている。
精神的なクローン人間を作ろうという恐るべき実験の対象にされたのが、われわれの年代である。

国民学校、最初の入学生、最後の卒業生

私は昭和9年12月14日、大阪市で生まれた。昭和16年に小学校に入学することになっていた。入学の日に小学校は国民学校と名を変えた。国民学校の卒業は昭和22年である。卒業したすぐ後で国民学校はなくなり、もとの小学校になってしまった。
私たちは国民学校の最初の入学生であり、最後の卒業生という歴史に残る存在となったわけである。
この6年間に学んだことを分析すると、当時の日本政府の考えが、明らかになるはずである。それがその後の「生き方」、「考え方」にどのような影響を与えたのか、正直なところ、自分自身でもはっきりわからない。
「そうだ歴史の生き証人として、国民学校はどんな理由でできた学校だったのか、何を教えてくれたのか、最大のイベントだった集団疎開の実体験をもとに、その時に感じたこと、後になって考えたことを、記憶が薄れない内に書き留めておこう」。
一大決心をしてこのサイトを立ち上げた。戦争の悲惨さ、平和の尊さを分ってかってもらうために・・・
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