現人神から人間天皇まで


日本は「神の国」、天皇は「現人神」

国民学校へ入学したばかりの時は、訳も分からず、言われるままに奉安殿に最敬礼するのが習わしになっていた。後で、天皇、皇后両陛下の写真が収められているからだということが分かった。
日本は「神の国」であるという意識を強く持たせるために、神の子孫に当たる歴代天皇の名前を暗記させた。第1代神武天皇以前は神代の世界になっている。天照大神の登場である。日本という国は世界でただひとつの「神の国」で、君・臣の身分が定まっており、天照大神の御子孫すなわち天皇がお治めになるようになっている。人間の姿をされているが神様である(現人神)天皇は天壌無窮、万世一系である。神様の言われることは絶対に正しいので、ただひたすらに信じること。従って天皇を信じ、忠誠を尽くし、天皇のために死ぬことを厭わないことが臣民、つまり天皇陛下の「赤子」の義務であり、そのような臣民になるように錬成する場が国民学校だというのだ。

困ったときの神頼み

しかし、われわれ一般人の認識の中では、神様なるもの実態や存在そのもの自体が「困った時に助けてもらえる」「人間より偉い」という程度にしか理解できていない。一番身近な存在の神様は、台所の棚の上に祭ってある「清荒神」だった。祖父母の時代から毎日、水と米を供えて、柏手を打つのを見てきた。日常の生活には欠かせないキッチン担当の神様ということだ。
自宅から50メートルほど離れてるところに、小さな祠があった。信心深い祖父が貸し家を建てるときに作ってたものである。ここに稲荷大明神が祭られ、隣の祠には神様ではないが地蔵尊が祭られていた。稲荷さんのご神体はキツネで油揚げが大好物。こちらは、火事や盗難などの災害から守るセキュリティー担当の神様だ。

大難を小難に収めたと思え

ある時、我が家に「こそ泥」が侵入した。祖父母が「毎日一生懸命拝んでいるのに泥棒が入るのはおかしい」と神主さん呼んで、詔をあげてもらった。神様に代わって神主さんが言った。「大難を小難に収めたと思え」。お祭りをしていなければ、こそ泥に終わらず、強盗・殺人に発展していたかも知れないというのである。その言葉にはすごく説得力があり、優しい言葉で神様の言い分を伝えてくれたので、子供の私にも良く理解できた。「神様は偉いのだなあ」と心の底から思うようになった。神様についての知識はこの程度だったので、現人神が何なのか、理解できるはずがない。

現人神の食事、トイレは

小さな疑問がいくつか湧いてきた。「神様には水や米、時にはお酒もお供えするが、天皇陛下は食事をされるのか」後になって外国からの国賓を招いて晩さん会のされる写真を新聞か雑誌で見つけ、われわれ庶民に比べてデラックスながら食事はされていることが分かった。
次の疑問は生理現象に基づくものだ。「天皇陛下はトイレに行かれるのか」この疑問を解くには随分苦労した。問題が問題だけに他人さんに聞くわけにいかない。そんなことを警察に知られると「不敬罪」で引っ張られることは子供にも理解できた。そのころの警察官は権威があり、一般住民には恐ろしい存在だった。
夏など暑いので上半身を裸でいることが度々あった。シャツを着せようとして、母親の言う脅し文句は「雷さんにお臍を取られるよ」と「警察官が来たよ」の二つだったが、雷はさして効果なし、警官は大いに効果ありだった。

天皇は神聖にして侵すべからず

学校で先生に聞くのも、自分の親に聞くこともはばかられた。想像を逞しくして「小には行かれるが、大は行かれないであろう」と自分なりの結論を出した。手洗いのことを「ご不浄」ともいうが、神様である天皇陛下は不浄なところに行かれるはずがない。と考えたからだ。
とはいうものの問題が完全に氷解した訳ではなく、戦後の「人間宣言」まで、頭の片隅に残っていた。
「第三条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」という大日本帝国憲法の精神がこんなところにも生きていたのだ。

「現人神」にも違った5つの解釈

「現人神」というのは、当時どのように解釈していたのか。国学の権威者・山田孝雄氏によると、
1.住吉明神を意味すること(万葉集、謡曲等の中に数例ある)
2.人間の形をとって現れた神
3.天皇の別称
4.大きな功績をあらわして、死後神と敬われる人(軍神)
5.死後、人間にたたりをなすので、それを封ずるため、神にまつられた人(北野天神など)などいくつかの用例がある。
天皇=現人神という思想は、古くからあったものではなく、5つある解釈の中でも一番新しく生まれたものである。天皇が現人神だと強調されたのは、北支事変以降である。

統帥権、国務権を手中にする手段として

軍部の独走によって戦争が拡大するにつれて、統帥事項と国務事項の境界が曖昧になったのを利用して、軍部が国政まで手中に収めようと画策した。
軍を動かす特権、すなわち、統帥権は天皇だけに許された権利である。国務事項は内閣の輔弼を受けなければ天皇の責任になると、憲法で規定されている。そこで、天皇を「現人神」という神様にしておくと、内閣の輔弼(ほひつ=助け)を受けずに済むし、神であるが故に責任を問う対象にならない。統帥、国務の二大特権を抑えると国の政策を思うように操れる。 軍部の独走を止めるブレーキの役割を天皇の神格化によって取り外してしまったのである。

精神的に神と一体になれる方

国民の多くが「天皇=現人神」という存在を誤解している。天皇は、神に対して祭りを行う
「祭り主」であって「祭りを受けられる神」ではない。ちょうど神社の神主さんが、ご祭神に対して神事を執り行われるように、天皇陛下は祖先神である「皇祖皇宗」の御霊に対し祭りを執り行われる。天皇は神に接近し皇祖神の神意に相通じ、精神的に皇祖神と一体たるべく不断の努力をされている。すなわち地上において神意を表現される方である。その意味では地上の神とも考えられる。と天皇の立場を紹介する人もいる。
ある時は、神と地上を中継する神主的な役割を果たすが、ある意味では地上の神となると考えてもよい、というのだ。それぞれの考え方、立場などによって「現人神」の理解し仕方が違うようだが、私たちの世代が国民学校で教えられた天皇観とは、かなりかけ離れたものである。
天皇は日本を創成した天照大神の子孫であり、国土を護り、五穀豊穣を祈り、民族を守護する生き神様だと教えられてきた。

目視さえ畏れ多いこと

子供の頃から天皇を目で見ることは畏れ多いと聞かされていた。その昔は道端に土下座をして行幸を迎えたとも。
そのために御真影を下賜してあるといわれるが、これも祝祭日などの特別の日以外は奉安殿に厳重に保管されているので、日頃はお目にかかることがない。
紀元2600年の式典で初めて天皇陛下の肉声を聞いたという人が多くいたという。それほどわれわれ臣民からは遠い存在だった。戦後に人間宣言をされ、幾分身近な存在として考えられるようになったが。

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