(その3)
因幡の白兎


騙した罰、赤裸で泣き叫ぶ白兎

天孫降臨の話より興味を引いたのは、「因幡の白兎」の話だった。
ヤカミヒメ(八王姫・八上比売)という美しい女性が婿取りすることになった。大国主の兄弟神を中心とした多くの神様が、この美女を獲得しようと、因幡の国に向かって歩いていると皮を剥がれて赤裸になった1匹の兎が道の傍らで泣いていた。見るからに痛々しい姿で
「ヒィヒィ」大声をあげて泣き続けた。浮かれムード歩いてきた神々は少し疲れたので海岸で休息を取ろうとしていたが、泣き声がやかましくてどうにもならない。
なんとか泣き叫ぶ兎を別の場所に移そうと考えた。とりあえず神様はどうしてそんな姿になったのか兎に事情を聞いた。
「私は隠岐の島の兎です。この気多の崎に渡ろうとして、鰐ザメをだました罰として、こんな姿にされてしまいました。痛くて仕方がないので、治す方法を教えて下さい」と、成り行きを説明しながら、良い治療法を教えて欲しいと哀願した。
隠岐の兎が対岸に渡ってきたのは、洪水のために流されたという説もある。

鰐ザメと兎、どちらが多い

「隠岐の島にはたくさん兎が住んでいるが、ここの鰐ザメとどちらが多いだろうか」と兎。
「兎より鰐ザメが多いに決まっている」と鰐ザメ。「それじゃ数えてみるから、ここから向こうの島まで仲間を並べてくれますか」と兎。
たくさんの鰐ザメが集まってきてたちまちのうちに、俄作りの橋ができあがった。兎は心の中でしめしめと思いながら、「一、二、三・・・」と数を数えながら、鰐ザメの背を飛び越えていった。
後1、2歩で対岸に着くというところで、兎は「鰐ザメ君、君たちはだまされていたんだ」と口を滑らせてしまった。怒った鰐ザメが兎の皮を剥いでしまったということだ。
「因幡の白兎」「稲羽の素兎」と題された神話である。兎の尻尾が今でも短いのは、この時に鰐ザメに食いちぎられたためだという。



神話・因幡の白兎の舞台となった白兎海岸
(武内 タケシ氏撮影
)

ウソの治療法を教えた八十神

八十神は笑いながら兎に「それは可哀相に。痛いだろう。早く治る方法を教えよう。海水には塩分が含まれているために殺菌力がある。海水を十分に浴びて、その後、風のよく吹く高い山の尾根で寝ていなさい。紫外線など太陽のエネルギーが傷を直してくれる。」と、治療法を教えた。兎は教えられた通りにしたが、海水に浸かると傷は一層痛んだ。風で塩水が乾くと、皮膚が割れて以前より痛みが増した。
痛みに耐えかね兎は以前にも増して大きな声で泣き叫んだ。余りにも大声で泣き続けたため、すっかり声が枯れてしまった。兎が現在でもあまり泣かないのは、この時の遺伝子が引き継がれているからだという。兎をだました神様の一行は、静かになったビーチで英気を養った。

大国主命、「親切心」と「真実」で出雲の神に

一行の最後尾に大勢の神様の荷物が入った大袋をかついだ大国主命(大穴牟遅神=オオナムチ)がいた。荷物を担いでいたので、かなり後れをとっていたが、兎の痛々しい姿を見て哀れに思った大国主命は、「今すぐに真水でからだを洗って、がまの花粉の上にねころんで休みなさい」と教えた。その通りにすると、兎の傷はよくなった。喜んだ兎は「行列の前の方にいる兄神様は八上比売(ヤカミヒメ)との結婚を望んでいるが、あなたが一番出世する。あなたこそ、八上比売(ヤカミヒメ)の結婚相手に相応しい人です。」と予言した。
使い走り程度の仕事をさせられていた大国主命は、後に日本の豊穣神・国土開拓神になった。素戔鳴尊(スサノオ)に認められ、娘・須勢理比売命(スセリヒメ)と結婚をして、出雲の王まで上りつめた。多数の妻を持つ艶福家としても知られている。というよりも、縁結びの神として有名な出雲大社の祭神といった方が判りやすい。

異名が多く、農耕、医療の統合神か

大穴牟遅神[おおなむちのかみ]のほかに、葦原色許男神[あしはらしこおのかみ] 、八千矛神[やちほこのかみ]、宇都志国玉神[うつしくにたまのかみ] 、大物主神[おおものぬしのかみ]、国作大己貴命[くにつくりおおなむちのみこと] と数多くの異名を持っている。そのことからも、この神様は複数の神が統合されたものと考えられる。
ハンサムな農耕系の神で、「少彦名神」と共に全国を行脚し、農耕や医療などの技術を指導した。
七福人として知られているインドの「マハーカーラ」(大黒天)と同一化されることも多が、全くの別の神。
教訓・・
神もウソをつくことがある。薬や医療法にはインチキなものが多い、真実を伝えるものに天は味方する。現在の地位が低くても出世のチャンスはやってくる。
弱者(兎)は強者(鰐ザメ)に一矢を報いたいと考えている。口は災いの元。ウソをつくなら徹底して最後までつきとおす。
 
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