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(その3)
燃料、豆炭、練炭
| ご飯やおかずを炊いたり、お茶を沸かしたり、暖を取ったり。燃料は人間の生活に欠かせないものである。昭和13年(1938)に国家総動員法が公布され、ガソリン、石炭が配給切符制になった。 自動車用のガソリンに変わるものの開発が急がれた。正しくは「石油代用燃料使用装置設置自動車」というらしいが、我が国ではヨーロッパに比べて約10年遅れた大正13年(1924)漸く研究に着手、昭和9年(1934)に当時の陸軍がガス発生装置(陸式)を考案し、これを民間のガソリン節約のために使用することを奨励した。商工省も奨励金を交付して各種代燃車の使用を促進した。 木炭・薪・石炭・コーライトなどをそれぞれ加熱してガスを発生させ、そのガスでエンジン作動をおこなうものである。戦中はもちろんのこと、戦後も昭和25年(1950)頃まで走っていたが、ジーゼル車の登場で、姿を消した。馬力不足で゛田舎の坂道では、乗客が後押しするというのんびりとした風景にも接することがあった。 ガソリンだけではなく、燃料の総てが他の物資と同様に戦況が深刻な状態になるに従い、手に入れることが難しくなり、庶民の生活に影響を及ぼすようになった。 昭和15年(1940)当時、私の家の台所は土間になっていた。土間といっても床には石が敷いてあった。一番手前に「かまど」があり、釜や鍋が3つかけられるようになっていた。その奥に人工石の流し台があった。 |
| かまどは大阪では「へっついさん」の愛称で親しまれていたが、使用する燃料は木を細く割った薪だった。ご飯を炊くときは付きっきりで、「パッパ」と炊くには、よく燃える薪をたくさん放りこむ。薪を減らすと火勢が弱まる。ご飯を炊くコツは「はじめチョロチョロ、なかパッパ、赤子(あかご)泣いてもふた取るな」と、だいたいの火かげんを覚(おぼ)えたようだ。炊き手によってご飯の味が、まったく異なってくる。 我が家は薬局をしていたので、途中でお客が来ると火加減が上手くいかず、「おこげ」がよく出来た。香ばしい香りとカリッとした味が好きで、「おこげ」は大歓迎だった。 火が消えかかったり、急に火勢を強める道具として「火吹き竹」があった。60センチあまりの単なる竹の筒だが、口にくわえて勢いよく吹くと酸素が供給され、火勢が強くなる。 「高きやにのほりてみれは煙たつ民のかまとはにきはひにけり」 仁徳天皇の和歌であるが、高津の宮の高台から見てあちこちに煙がたなびいていると、民衆の生活は豊かであると、かまどの煙を生活レベルの判断材料にしたという。 |
| 木が燃えて黒くなったのを見計らってこれを取り出して、水につけるか、壷のような入れ物に入れて空気を遮断すると、柔らかい炭状のものができる。 「からけし」あるいは熾き(おき)と呼んでいたが、簡単に火がつくので重宝した。子供の私が手伝えるのは、薪を燃やすことと、からけしを作ること。どうすれば火勢を弱めずにからけしを作れるか、いろいろ工夫したことを覚えている。 大切な薪が次第に不足してきた。幸いなことに住んでいた所が住宅密集地だったので、家の廃材が適当に入手できた。風呂は内湯ではなく、徒歩1分の「萬盛湯」という銭湯を利用していたので、僅かな量の薪でこと足りる。 |
| 煮炊きもの以外に暖を取ることも燃料の大切な役割である。現在は部屋ごと総てを温めることが常識となっているが、太平洋戦争の頃は「こたつ」「火鉢」など身体の一部を温める部分暖房が主体だった。また、電気やガスのように、必要な時にスイッチを入れると、すぐに暖かくなり、不要になればスイッチを切ればよいという便利なシステムが普及していなかったので、一旦火をつけると一日、あるいは半日は火がついているものが、多かった。 手を温めるものとして火鉢があった。木炭を使っていたが、品不足となり豆炭がそれに取って代わった。豆炭は石炭・無煙炭・木炭・亜炭・コーライトなどの粉末をまぜ、粘着剤で卵形に固め乾燥したもの。4〜5cmの豆のような形の炭だと思って欲しい。豆とはいうが随分大きな豆である。カンテキに豆炭をおこし煮炊きものにも使用した。 今の豆炭はマッチ一本で火が付くようになっているが、当時のものは下に火のついた「からけし」をしいて、十分に火をまわしておかないと、途中で火が消えることもあった。 豆炭はアンカー用としても使用された。 |
| 同じようなもので、「練炭」というものがあった。これは円筒形で、燃焼をよくするため縦に十数個の穴を明けてある。練炭火鉢や七輪(しちりん)で使用する。
「たどん」は炭で作った団子という意味合いで、漢字では「炭団」と書く。炭の粉を野球ボールぐらいの大きさの球体にしたもので、雪ダルマの目として使われる・・・と説明する方が分かりが早い。やぐら炬燵の燃料として、寒い冬の夜を暖かく過ごすための役割を果たしてくれた。 いずれも燃焼途中で一酸化炭素を発生するので、注意が必要だ。我が家の飼い猫が人間サマに先駆けて、布団の中のやぐら炬燵のそばで暖を取っていたところ、一酸化炭素にやられ、フラフラになって出てくる姿を何回も目撃した。 蹴飛ばして炬燵をひっくり返すと火事になることもある。 |

| 習字の時間も現在のように白い半紙に文字を書けるのは、一年に一回行われる発表会だけで、普段は古新聞の上で文字を書く練習をした。自分では毛筆が今でも下手なのは、このためだと考えている。その新聞も真っ黒に塗り潰さなければ、次の新聞がもらえないので、字と字の間の空白を筆で塗り潰したものである。 しばらくして、習字練習用の画期的な道具が発明された。それは墨の代わりに水を筆につけて文字を書くと、濡れているところが黒く見えるようになったものである。乾くと文字が消えてしまうので、何回も繰り返して使える。ただし、紙の色は白ではなく、グレーのような色だった。乾くのに十分ぐらい時間がかかるので、家での練習にはよいが、時間に限りがある学校の授業ではあまり役に立たなかったように思う。 |
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