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(その4)
作法のある国
| 江戸時代から明治の初めに掛けて、日本は礼儀作法の優れた国だとされていた。小泉八雲ことラフカディオハーンは著書「日本瞥見記」で次のように書いている。 日本人ほどお互いに楽しく生きていく秘訣を心得ている国民は、よその国にはいない。 おのれを虚しくして、なにごとも辛抱我慢する修養をあまねく会得している。 と最大級の褒め言葉で、他人のため自己を押し殺す、無私な心の美しさをたたえている。 ところが、この日本の美風が戦後になって、姿を消してしまった。教育の場でも「躾というのは封建時代の遺物」、子供は自由放任で自然児として育てることが善であるという、誤ったデモクラシーの解釈が主流をなす時期が、かなりの間続いた。善悪の判断ができない子供を放任主義で育てるとどういうことになるか、今日の状況がそれをよく示している。 |
| 正しい躾を受けずに放任された子供は自分が思うままに行動して、他人のことは考えない自己中心的な人間に育つ。躾をしなければならない親がそういった教育を受けていないので、何を躾てよいのやら見当がつかない。自分の家と公共の場の区別がつかず人が多く集まるホテルのロビーでも、ちょっと気に食わないと大声で泣き叫ぶ、列車の通路を走り回る。エレベーターに乗れば釦を押しまくり各駅停車にしてしまう。まるで傍若無人である。幼児の躾は両親の責任であるのにかかわらず、それをせず保育所、幼稚園の先生に頼るなどもってのほかである。 3世代同居がすっかり姿を消し、核家族化が進み、古くからあった美風が伝えられず若い親が無手勝流で子育てをなければならないという社会情勢の変化も躾不十分の原因をなしている。 |
| 教育勅語は明治23年(1890年)に発布された「明治天皇のお言葉」で、国民道徳の絶対基準とされていたが、戦後は悪の代表とされた。昭和21年(1946)に奉読と神格的取り扱いが禁止され、昭和23年には失効となり、表面に出なくなってしまった。すっかり悪者扱いを受けることになった教育勅語には、今でも通用する道徳規準が示されている。 爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己ヲ持シ博愛衆ニ及ホシ 學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓発シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國 憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ・・・のくだりである。 分かり易い現代文にすると 国民の皆さんは、子は親に孝養をつくし、兄弟は仲良く、夫婦は仲むつまじく、友人 とは信じあい、そして自分の言動をつつしみ、ひとびとには博愛の心で親切にし、学 問に励み、職業に専念し、知識を広め、人格をみがき、さらに進んで、社会公共のた めに貢献し、また憲法を大事にし、法律を守り・・・となる。 当たり前のことだが、その当たり前が出来ていないのだ。古いものは総てダメ。戦時中のものは無条件で廃棄するのも、単細胞的な行動のよう思える。 |
| ある大学の市民講座を受講した。受講者の年令層は若い人から年配者まで広がっていたが、定年退職の人が多かった。女性6に対し男性4ぐらいの割合で、ここでも女性上位の傾向を示していた。約300人の受講者は熱心そのもの。講義が始まるまでには、ほとんど全員が席に着いており、講義が始まると、一言たりとも聞き逃さない真剣な態度、私語などをする人は皆無である。講師になった教授も久しぶりに熱心な聴衆を前にいつになく力のこもった講義になったという。 いつもの学生相手の講義はひどいもので、隣の人と話をするのはまだ序の口。後ろを振り返ったり、携帯電話でメールを送ったり、やりたい放題で、熱心に耳を傾けてくれる学生はほんの一握りしかいないと嘆く。 ごく一部だと思うが教える側に責任のある場合もなきにしもあらず。自分の書いた講義録を机の上に広げ、うつむいた姿勢でたんたんと読み上げるだけ。抑揚もなく同じ調子の講義が延々と続く。面白くないし、睡眠薬を飲んだ以上に睡眠効果が高い。眠ければ1人で寝た方が他人に迷惑を及ぼすことが少ないと思うのに、友達とのコミュニケーションの場にしてしまう。 幼児期の躾が十分にできていないのが原因の一つだろう。 |
| 中学、高校生になって個の意識が確立されてくると、先生と生徒との口のきき方、応対の仕方はまるで、友達のような感じである。教える方と、教えられる側の区別はまったくないといってよい。こんな姿を平等と言うのだろうか。何か間違い、誤解があるように思える。 私は長い間、ファッション記者をしていたので、どうしても服装のことに、関心が向いてしまう。人間は体の85%以上を衣服で包んでいる。露出しているのは、顔と手の部分だけである。自然にその人が着ている洋服によって人となりを判断するようになる。 大正時代の校長先生はフロックコートを着ていた。職業にふさわしい格好をするためだ。 われわれが学んだ時の先生の服装はスーツにネクタイ姿だった。戦時中はすべての男性が国民服を着るように強制されていたのでの仕方がないが、背広型のスーツが学校の先生らしい服装であると、一般に認知されていた。 教師の服装の乱れが目立ち始めたのは戦後しばらくたってからのことである。 |
| 服装がその人の第一印象を決定づける大切な要素を持っていることは、一流会社や社交クラブ、カントリークラブなどに服装コードが定められていることを見ても判る。劇でも役者が着ている服装を見れば、その人の役割が判る。 服装のカジュアル化の進行に合わせるかのように、学校の先生の服装が変化してきた。体育の担任でもないのに、多くの先生がジャージーというか、スエットスーツを着用した。 体操用の服装なので機能的で着やすく、シワにもならない。汚れても簡単に洗濯が出来ると優れた特性を持っている。しかし、洋服に求められる格調とか気品には欠ける。教壇に立って物事を教える教師にはふさわしい服装とはいえない。昔なら「服装の乱れは、心の乱れ」と厳しく注意を受けるところだが、放任主義がまかり通る今日のこと、「服装はプライベートのこと、構わないで欲しい」という声が聞こえてきそうだ。 服装で教師の威厳や権威を表すのは時代遅れ、という反論も出てこよう。 そんな人には実際にスーツに着替えて、ネクタイを締めて、いつものように授業をして頂きたい。 同じ話をしても説得力が違ってくる。話を聞く生徒の態度が先ず変わってくるはずだ。 極端な例を紹介しておこう。ある種のセミナーが開かれた。テーマも講師も気に入ったので受講することにした。演壇に上がった講師がジャージーを着ていた。今日は体育がテーマではなかったはずと思っているうちに、講師の話が始まった。この時の聴衆の心理状態は複雑だ。話の内容が良ければ何であんな不釣り合いな服を着てきたのだろうという疑問が強くなる。内容が低レベルだったら、演壇に上がったときから変な服を着て、変わった人だと思っていたら、やはりそうだったのか・・・ということになる。 少しばかりシチュエーションは異なるが、学校でも同じようなことが言えるのではないか。 |
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