I am a Parkinson's
Disease
目 次
SINCE 2001.10.1
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| 【病名の由来】 |
| 発見者の英国人医師名から |
吾輩の存在を医学界に知らしめてくれたのは、フランスの神経学者ジャン・マルタン・シャルコーである。発見されてから数十年の歳月が過ぎ、何の手立てもなく、多くの人が命を失っている。 人間社会は何人もの人柱が立たなければ次のステップに踏み出さないと聞いていたが、パーキンソンの場合もまさにその通りだった。シャルコーは古い文献の中からパーキンソンの論文を見つけ、数十年も前にこんなに立派な研究がなされていたことに驚き、その業績に敬意を払う意味込めて「パーキンソン氏病」と名前をつけた。 発見者のパーキンソンは既に故人となって20数年も経っていた。 しかし、今日でも「パーキンソン」といえば、行革やリストラの基本概念となっている「パーキンソンの法則」を頭に浮かべる人が多い。 こちらの方は別人の英国人・パーキンソン(C.
Northcote
Parkinson)が考え出したもので、「役人の数は仕事量に関係なく一定の割合で増えていく。組織の拡大は複雑化を招き、複雑化は腐敗を意味する」というもの。
名前が一緒なので吾輩でもよく覚えているが、不祥事続出の外務省をはじめとする各省庁のエリート官僚はこんなことも知らない のかと、疑問に思えてくる。 人間様の病気の話が官庁の病気に脱線して、吾輩は申し訳なく思っている。学のあることをちょっぴり披露したかったので・・・
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