I am a Parkinson's
Disease


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SINCE 2001.10.1
mike2wagahai
【初期症状】
座骨神経痛と間違う症状がスタート

吾輩が現在のご主人のところに居候を決めこんだのは、昭和60年(1985)頃だと思う。
もちろん本人には内証でこっそり入り込んだので、気付かれることはなかった。
元気だった主人が腰が痛いと言い始め、長時間座敷に座って居れなくなった。職業はファッションジャーナリスト。仕事柄業界団体の会議や宴会に出ることも多く困り果てていた。
整形外科にもかかり、レントゲンを撮ったようだが、結果は頸椎、脊髄、腰椎などの骨には異常、変形は見られなかった。多分、坐骨神経痛だろうという判定だった。
高周波または、低周波電流を患部に流し、機械で腰を引っ張るという従来からある治療が始まった。しばらくの間、病院通いが続いたが腰から股関節にかけての痛みは一向に良くならなかった。
当時、主人の家は大阪府北部の箕面市にあった。用心番犬として「ぺぺ」という名の犬が飼われていた。母親は血筋の知れない雑種、父親は優秀な猟犬として知られているポインターだった。近くにあった材木商の資材置き場で飼われていたものをもらい受けた。1週間もしない内に野良犬がたくさんいるという通報を受け、箕面の保健所から職員が引き取りにやって来て、ペペ君の仲間が全員というか全犬が安楽死させられたという噂を聞いた。
野良犬も以前は何処かの飼い犬だったことを考えると、人間の勝手主義に「メッチャ」腹が立つ。思わず夏目漱石が書いた「吾輩は猫である」のストーリィを思い出した。
ペペ君は1年あまりで立派に成犬として成長した。
父親のポインターとしての性格を80%以上引き継いでおり、活発で元気な犬だった。
朝晩2回この犬を散歩に連れて行くのが、主人の役目であった。元気が余って右に左に駆け回り主人を翻弄させる。
「腰が痛いのはペペ君が勢いよく引っ張るからだ・・・」とある時期は吾輩に代わってワンちゃんが、容疑者扱いを受けていた。
いまは故人(故犬)となってしまったペペ君に謝っておかなければならない。
主人はずっと後になってから自分の病気をmomiji振り返り「あれがパーキンソンの罹り初めだったのかなぁ」とつぶやいていたが、この時点ではお医者さんも、主人も吾輩が身体のどこかに潜んで脳の黒質細胞を殺し始めていたことを気付いていなかった。

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