I am a Parkinson's
Disease
目 次
SINCE 2001.10.1
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| 【生活環境】 |
| 体力を考え一戸建てからマンションへ |
病気ののために体力が低下したからには生活環境も変えていかなければならない。平成7年(1995年)に阪神大震災があった。その時吾輩の主人の家は箕面にあった。決して大きな家だとはいえないが、庭付きの一戸建てである。近くに活断層が走っているためか、かなりひどく揺れたらしい。庭の石灯篭が大小二基とも震源地の方向を指し示すように倒れていた。二階の本棚も倒れて本が部屋いっぱいに散らばっていた。 グラッときた瞬間、いつもと違った激しい揺れに今回ばかりはダメだと思ったそうだ。主人はすでに起きていたが、足元にテレビがごろんと落ちてきて、プラスティックのカバーが、二つに割れた。もし寝ているときに頭を直撃されたら、即死か頭蓋骨骨折の重傷を負っていただろう・・・と地震の恐怖を語ってくれたが、吾輩にはあまり関係がないので、自然をも征服しようという野望を持っている人間様がどうしてそんなに地震を恐れるのか不思議でならなかった。 家の方は少し前に壁を塗り替え、屋根は瓦を一枚一枚シリコーン樹脂で固め、屋根全体を一枚の瓦のようにしてあったので、少しズレが出来た程度で、ほとんど無傷だった。 しかし、もう一度同じクラスの地震がやってくると、確実に家は崩壊するという恐怖感は頭から離れなかったらしい。 この家を建築した昭和53年(1978年)には、主人夫妻と主人のお母さんと1人娘の4人暮らしだったが、お母さんは亡くなられ、娘さんは結婚して、主人と奥さん、犬のペペ君、二人と一匹家族になっていた。 奥さんもC型肝炎に罹っており、身体を少し動かすと疲労感が募るらしい。主人は「2人で1人前」と口癖のように言っていたが、洗濯や掃除など一階と二階にフロアーが別れていると大変らしい。 年に3回ほどは植木屋さんが庭の手入れをしてくれるが、雑草を引き抜いたり、芝を苅ったり、小枝を剪定したりの作業が、加齢と病気による体力の低下で、次第に困難になってきた。 これらの悩みを解決するために、主人がマンション探しを始めた。抽選では外れたがキャンセルが出たために現在の住居になっているマンションに入居できたそうだ。 物入れのスペースが狭いことを除いては、ワンフロアで掃除も楽になったし、庭の手入れも不要、風呂もボタンひとつで自動的に適当な温度と湯量でストップしてくれるから、空 炊きの心配もない。火災報知機も完備、オートロックで非常時には警備会社に繋がる、雨戸を締めることなく、鍵をかけるだけで簡単に外出できる。まるで不動産屋の宣伝文句のようだが、便利で快適な生活を送っているようで、ここを終の棲家に決めたそうだ。
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