I am a Parkinson's
Disease


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SINCE 2001.10.1
wagahai
【病気との共生】
「他力本願」では病気は治らない

「万物の霊長」などと威張っているが、人間は孤独で弱い存在である。困ったときの神頼みが、それを証明している。
ある神社に参拝したときのことである。主人が一生懸命に拝んでいると、同行した知人が「いま何を拝んだ」と聞いた。「もちろん病気が良くなりますようにと、神様ににお願いした」と主人。「その拝み方が間違っている」と知人。
彼が言うには「神様には頼むのではなく契約をするのだ。他力本願はダメ。」「私は病気を治すためにこんな努力をします。どうぞ見守ってください」と祈念すれば必ず神に通じるんだ、とアドバイスしてくれた。云われてみればその通りである。
「自分の病気は自分で治せ」、あるいは「自分以外に治すものはいない」と言われているのだと理解した。
現在、主人が筋肉の衰えを防止するために続けているのは病院でのリハビリ、マシンジムでの軽い筋肉トレーニング、ディサービスでの体操、水中ウォーク、気功・太極拳など、指導者はいるが自発、自働しなければできないものばかりである。
それを神に見守ってもらい、できることなら加護を賜りたいという気持ちを持ち続けるように心がけている・・・と、ある日、主人が吾輩に、神に対する考え方を吐露してくれた。なるほど、神頼りではなく、神との契約が、弱気が出やすい人間の心に「神様と約束したので」という後ろ盾をつけて「初志が貫徹しやすい」環境を作るのが、神様参りのコツだという。
ここまで言われると吾輩もむやみに暴れるわけにはいかない。
吾輩の主人はなにしているのか、参考例として紹介しておこう。パーキンソンに罹ると、声が小さくなるが、これを防ぐために詩吟の練習を
45年ぶりで始めた。頭のボケ防止にインターネットを中心としたパソコンいじりと教養講座への参加などで身体と頭の両面を鍛えている。指の動きをよくするためには、ギターの練習も始めた。初めはドレミもロクに弾けなかった。努力に免じて、出来るだけおとなしくして共生の道を歩みたいと考えている。
欧米並に発病率を上げるように指示をされ、必死になっhana2て働いている吾輩の仲間からは批判を受けるかも知れないが、一期一会、こんな主人と巡り合ったのも何かのご縁だろう。
人間社会には「郷に入れば郷に従え」という諺があるらしい。

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