死亡者の4人に一人はガンだという。人間の身体のあらゆる部分にでるし、たまたま健康診断などで早期発見できれば、手術と優秀な抗ガン剤で、完治も可能になったが、自覚症状が出てから病院へ行ったのでは、殆どが手遅れになる。
病名の告知、あと何ヶ月の命だと宣言されることもある。限られた生存期間をどのように過ごすかというQOL(Quality of Life)の問題などが出てくる。
吾輩らは定年前後のお年寄りを主な攻撃対象としている。発症してから15年以上は生存できると賞味期間が長いためか、ガンほど深刻に考えられていない。
しかし、現実には吾輩の仲間が人間様に取り付き、お医者さんから難病のパーキンソンに罹っていることを告知されると、その反応はおよそ3つに分かれる。そのひとつは「落ち込んでしまうタイプ」で、もうひとつは「何年生きられるか分からないが前向きの姿勢で残された人生をすごそう」という患者グループである。残りの一つは「病気のなすがままに・・・」という放任タイプか、「どうにでもなれ」というやけっぱちタイプである。 専門医の話では「落ち込みタイプは病気の進行が早い」ということだが、意外とこのタイプの患者が多いという。吾輩も同感だ。吾輩の存在を認めたくない気持ちは理解できるが一旦吾輩が住みつくと、そう簡単に出ていくことがないことはよく知っているはずだ。 「何でこのオレだけがこんな病気に罹ったのか」「治療法が分からない病気に罹ってしまいオレの人生も終わりだ」と愚痴が多くなる。愚痴は毒になっても薬にならない。
落ち込んだ状態で物事を考えると、悪いことしか考えず、一層落ち込む、さらに悪い事を考える。マイナス思考の悪循環がぐるぐる回る。
「現在の姿は三カ月前に想像したまま」という心理学者の説も、全く根拠のない話とはいえない。
吾輩の主人は初めのうちは「神の悪戯」と考えていたが、すぐに「神が自分に与えた試練」と考え、吾輩の存在を 素直に認め、そのうえで平和条約を結び、共生していくことになった。「病気には罹っているが、病人にはならない」主人が好んで口にする言葉だ。「身体ばかりか、気まで病んでしまえば、救いようがない」というのだ。 |