省エネスーツ(Cool Suit)

出ては消える「ノー上衣・ノータイ運動

日本の夏は先進国の中では世界で一番暑いのではないでしょうか。shallic
温度が高いうえに湿度も高く、ジメジメして、不快指数はいやがうえにも上がります。長袖のジャケットに長袖のワイシャツ、それにネクタイを締めて、長ズボンをはく、想像するだけでも暑苦しくなります。
毎年のように夏のシーズンが近くなると、マスコミは競って涼しい服を話題として取り上げます。
いわく、「省エネルック」「クールスーツ」。
多くのビジネスマンができることなら7、8月の盛夏には、ネクタイを外し、上衣を脱いで出勤したいと考えているからです。
政治家の中にも「省エネルック」の普及に力を注いでいる人もいらっしゃるようですが、賛成者は皆無に近い状態です。
なぜ、男はネクタイの首から外して、背広を勇敢に脱ぎ捨てることができないのでしょうか。
そのを謎解きをしてみましょう。

我慢できない!温度、湿度ともに高い日本の夏

ヨーロッパの夏は日本の夏ほど暑くありません。一番暑い都市と言われているのはイタリアのローマです。
日本の夏はローマの比ではありません。ヨーロッパでは、摂氏30度を越えることはめったにありません。日本の7、8月は連日30度を越してしまいます。さらに湿度が高くジメジメします。背広を着用するには悪条件が整っています。
クーラーがなくても何とか夏を凌げるイギリスのロンドンで、1937年に紳士服改革運動が始まりました。ジョーダン博士が音頭取りになって有識者を集め、暑い夏には長袖、長ズボンの暑苦しい背広を止め、通気性に富んだ涼しい洋服を着ようではないかというのが運動の趣旨でした。
どこの国でも同じですが、この種の運動には総論としては賛成する人が多いので、主宰する人、バックアップする人、関係官庁も成功の公算は大きいと信じ込んでしまいます。ところが各論となり、このような服、あんな服、こうした着こなし・・・など、具体的な提案が出てくると、「何となく貧相に見える」「恰好が悪い」と、反対に回る人が多くなり、空しく消えてしまいます。
私たちが編集のお手伝いをしていた全日本洋服組合連合会でも、30年も前に機関誌を通じてクールスーツの提案をしたことがあります。脇を縫い合わせず、ジグザグに掛けた紐で前身と後ろ身頃をジョイントしたもので、俗にジャバラ式と呼ばれています。通風効果は抜群。服の内側に熱がこもらない、涼しい服でしたが、事前の好評とは裏腹に、結果としては失敗に終わりました。

7年で解散。英国・ジョーダン博士の「夏服改革運動」

ジョーダン博士もコンテストを開催して涼しい洋服のアイデアを公募し、その作品を着て街頭デモを行いましたが、一部の人の賛成を得ただけで一般大衆は「ジョーダン」でしょうと、取り合わず、この運動は失敗に終わり7年あまりで解散してしまいました。涼しい英国ですら盛夏に背広を着ることに苦痛を感じていたのですから、日本では暴動が起こっても不思議ではありません。
いまは故人となってしまわれましたが、自民党のE氏は政府の省エネを運動にのって、夏のノー上着運動に賛成意見を述べたところ、地元の選挙民から総すかんを食い、手を引いてしまいました。愛知県一宮市は世界に知れた紳士服地の産地ですから、ノー上着運動などを展開されると、おまんまの食い上げになってしまいます。
現在孤軍奮闘をしているのが民主党の羽田孜特別代hada表です。毎夏半袖のサマースーツを着て遊説に出たり、要人と会合をしたりで、半袖背広姿がトレードマークのようになっていますが、見た感じはなんとも貧相で、中途半端な長さで切られた袖が気になります。懸命のPRにもかかわらず、政治家のなかでも石原慎太郎東京都知事など一部の人を除いて同調者はほとんど出てきません。国民一般の理解は得られず独り善がりに終わっています。
平成11年10月の参議院長野選挙区の補欠選挙で当選した長男の羽田雄一郎氏が、親子の情から省エネスーツ普及運動に加わり、強い味方を一人得ることができたのが、せめてもの慰めです。

先進諸国で日本はダントツの暑さ

一年中で一番暑い7月、8月の世界主要都市の平均温度は、次の表のようになっています。平均気温ですから日によってはこの数字よりも5度ぐらいは高くなることもあります。インドのニューデリーにはかないませんが、先進国の中では東京が飛び抜けて暑いことがよく分かります。名古屋、京都、大阪はいずれも東京より暑いと言われています。
地球温暖化深刻な問題です。現状を放置した場合、今から約100年後の21世紀末には、世界の気温が2度上昇し、海水面の50pの上昇が予測されていますが、こうした事態を招かないようにしようと、色々な施策が行われています。エアコンの効率的な使用もそのうちの一つです。

東京 ロンドン パ リ ローマ ソール シンガポール ニュー
デリー
バンクー
バー
ニュー
ヨーク
ロサン
ゼルス
7月 25.2 16.5 18.4 23.6 23.7 27.0 30.9 17.2 24.7 20.5
8月 27.1 16.2 18.0 23.8 24.8 26.9 29.2 17.4 24.1 21.5

各社が競って涼しい盛夏用の服地を開発

室内の温度を冬には20度以上に上げない、夏は28度以下に下げないように、PRしていくことになっています。冬はいいとして、夏の28度はスーツ着用族にはつらい温度です。それでも日本のビジネスマンは背広を手放しません。ネクタイもきっちり締めております。
太陽が照りつけ30度以上もある街路を歩くセールスマンも同様に背広にネクタイ姿で頑張っています。澄ました顔をしていても、気持ちは鉄板の上に乗った鯛焼き君かも知れません。
昔の夏服素材と言えば通気性が自慢のポーラーが主流でしたが、御幸、ダイドー、長大、中外カネボウ繊維、東レ、シキボウ、トーア紡、東洋紡などの素材メーカーが、独自の技術を駆使して、盛夏用の極薄生地を開発、年々改良が加えられていまので、「地獄の釜」で蒸されるような苦痛を味合わなくてもよいようになりました。
極細番手の高級ウールにポリエステルを混紡したもの、さらに夏の素材として人気があるモヘアを加えたものもあり、薄くてもシワになりにくい組織が採用されています。洋服一着分が280グラムという軽い商品もあります。
ポリエステルにセラミックスを加え太陽光を反射させるもの。遠赤外線を反射し、熱伝導率の良い銀を繊維にメッキするなど、様々なアイデアが応用されています。これまでの服地と比べると、2〜3度C程衣服内部の温度が下がるということです。

洋服史を無視した「ノー運動」は失敗

この軽くて涼しい服地を使っても洋服に仕立て上げるには、裏地、芯地、肩パッドなどの付属品が付いていきます。裏、付属にも薄く、通気性に優れた商品が開発され、以前のものと比べて随分涼しい洋服が作れる環境は整っています。
しかし、その下には長袖のワイシャツを着なければなりません。ネクタイでシャツの首元を絞め上げるため、体から出た熱がシャツの中にこもります。
半袖、時にはノースリーブの涼しげな服装で出勤してくるOLを見てネクタイを外し半袖シャツで通勤してみたいと、思ったサラリーマンも少なからずいるはずです。
クールスーツの名称で新しいアイデアの商品を発表したアパレルメーカーもあります。何回ともなくノー上着、ノーネクタイ運動が提唱されましたが、いずれも成功しておりません。
背広、あるいはスーツの生い立ち、歴史、性格などをよく知らずに、涼しさを求めることと、スタイルをよくすることのみを考えて作ったからです。

完成度の高い「背広」に手を加えるのは難しい

動物も、人間もそうですが、オスは自分の遺伝子(DNA)を後世に残すという本能をもっております。不倫や浮気が後が断たないのもそのためかもしれません。こうした男の習性は洋服の上にも遺憾なく発揮されているようです。現代の背広の先祖らしきものが登場したのは1666年のイギリスの国王・チャールズ二世の「衣服改革」によるものでした。これが幾多の変遷を経て、今日のモダンスーツの形態を保ったのは1850年です。
約150年の間に大きなスタイルの変化もなく、地球規模の広がりを見せたスーツは不要なものは極限まで削り、シンプルで着やすいものになっています。
それでいて格調が高く保てているのは、前時代に持っていた衣服の遺伝子を絶やすことなく受け継いでいるからです。

着て安心、背広はビジネスマンの「鎧」

背広を着るとなんとなく落ち着き、安心感が生まれてきます。ことに、ビジネスを成功させるためには、国際的に認知がなされているスーツを着ているのが無難です。
成功のための服装学」というベストセラーを書いたアメリカのジョン・T・モロイは、警察で面白い発見をしました。泥棒の人相写真を100枚ほどチェックしたところ、ネクタイをした者は誰もいなかったそうです。好奇心から警部にネクタイをした泥棒を捕まえたことがあるかどうか聞いてみたところ、答えは「めったにない」ということでした。泥棒という職業にはネクタイが不用なのです。
ビジネスマンが会社に出勤するとき、得意先を訪問する時には、ネクタイは必需品です。長年の間にそういうルールができあがり、世界的なレベルの常識となっているので、相手に抵抗無く受け入れられることが必要です。ネクタイはその小道具の一つです。
戦場に望むときに兵士が「鎧」を身に付けるようにスーツを着ていくのです。ビジネスの場では背広が一番相応しいというコンセンサスも確立しています。
背広のフロントカットはシングルブレストの時は裾が曲線でカットされていますが、これはモーニング・コートの特徴であるカッタウエーの名残を残す物です。
ダブルブレストの上着の裾は、シングルと違って一直線に断たれています。こちらはフロックコートの裾の処理を習ったものです。何でもないようなことですが、男は無意識のうちに伝統を感じ、自信と誇りを持って背広を着ているのです。

ラペルの穴一つにも歴史と物語りが秘められている

ジャケットの顔にもなっているラペルは、軍服によく見る首にまで続くボタンのうち上部の幾つかのボタンを外して開襟にした名残りです。右上前のラベルにボタンホールがあけられています。
ラペルホールとも、フラワーホールとも呼ばれるものです。「私の先祖はこのボタンホールを実際にかけていたのですよ」、と、無言の主張をしています。
決して一流会社の社員である証明書代わりのバッジをつける所ではありません。「吾こそは選挙で選ばれた議員であるぞよ」と、議員章をつけるために存在するものでもありません。
その他、袖先に付けられているボタン、時代を追ってだんだん丈が短くなってきたベスト(チョッキ)、半ズボンから長ズボンへの変化、貴族生活への一種の憧れを秘めたワイシャツ、男のシンボルの象徴までに位を上げたネクタイ。
男の服装は女性ファッションのように表面上の目まぐるしい変化はないが、どの部分をとってもエピソード、ゴシップ、歴史的なストーリーには事欠かないようにできています。
袖を半分に切ってしまうなら、袖先に付いていたボタンに敬意を表して、残した部分にその遺伝子を何らかの形で残しておくことが必要です。
服飾の歴史をよく研究することなく、現代の要望だけを入れて服装を替えようとしたのが、間違いのもとだと考えられます。


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 http://www.miyukikeori.co.jp/


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