第一次世界大戦後フロックコートがすたれ、これに替わってモーニングコー
トが世界の紳士に着用される
ようになりました。モーニングコートは字が示すように午前中の催しに、着用する礼服です。
しかし、時間観念の薄い日本では、昼も夜もこれ一着で済ますように、習慣付いております。内閣改造が手間取り組閣が夜に及ぶ時があります。
夜間に天皇陛下の認証式が行われる場合でも、テレビや新聞で公開された画像よると、日本の閣僚はモーニングを着ていきます。
洋服着用のマナーを心得た上でのことか、或いは無知のなすところかは、定かではありませんが、モーニングコートが昼夜を問わず正礼装の地位を確保したことの証明になります。
モーニングコートではなく、エブリータイムコートと改名した方がぴったりきそうです。
外国人の目には不思議に映るかも判りません。
「日本では 夜も着るぞと モーニング」。読み人知らずの川柳で皮肉られるのも、身からから出た錆といえましょう。
モーニングコート(Morning Coat)は、フロックコートの上着の前裾を腰から斜めに裁った形をしているため、カッターウェイコート(Cutaway)の別名を持っています。
もとは男子の昼間用半礼服でフロックコートの代わりとして着られていました。1876年頃にモーニングはデビューしました。普及するのに約20年かかり、多くの人がモーニング着用するようになったのは、1896年以降のことです。
素材は黒のカシミヤあるいはドスキーンを使います。衿はピークドラベル(剣衿)、シングル・ブレスト、一つボタン、背部のテールは燕尾服のように二つに分かれた先細り型で、ひざ丈あるいはそれより長いものになっています。背部のウエストラインには二つの装飾釦がつけられていますが、これは、乗馬の際に邪魔になるテールを、ボダンで留めた名残です。ベントのことを職人言葉で「馬乗り」というのもなるほどとうなづけます。
一般的に複数形として後ろに「S」を付けて「ベンツ」と呼ばれていますが、サイドに切り込みがある場合は2本になるので、正しいのですが、モーニングコートや燕尾服のように、センターに1つしかないものは、単数形として「ベント」と呼んだ方がいいようです。
モーニングコートも燕尾服もフロックコートの前裾をカットしたものが、基本形になっています。修道僧を思わせるフロックコートは、もとはドイツの農民が着ていたものです。屋外で寒さをしのぐには最適のものといえますが、体を動かすには、いささか不便な構造となっています。無駄なところを切り捨てて、もっと軽快なものにしたいという欲望は自然発生的に出てきたものと思われます。
1870年代終わりころから1890年末あたりの英国のカンツリージェントルマンを描いた絵には、フロックコートから生まれた新発想の洋服を着てゴルフ、フォックスハンティング、競馬などのスポーツを楽しむ姿が見られます。
燕尾服、モーニングコートは今でこそ礼服という高い地位におり、格調高く振る舞っていますが、もとはといえば上流階級のスポーツウエアだったのです。
紳士服は歴史を何よりも大切にします。新しいカジュアル感覚の服が誕生すると、これまで着ていた服が、一階級特進して上位に上がっていきます。何回かこの洗礼を受け、やがて礼服へと出世します。
フロックコートが燕尾服、モーニングコートに押し上げられ、ついでタキシードが押し手になり、ブラックスーツ、ダークスーツと続きます。
最上級の礼服となり、これ以上行き場所がなくなったものは、世俗を離れて博物館行きとなります。燕尾服がそろそろ定年を迎えようとしています。
ズボンはコールという、白と黒の縞のものを用います。シングル幅の特殊な織機で、織られるコール地はやや厚手で,がつちり織られていますので、シワになりにくく、座敷で座る機会の多い、日本にはうってつけのものです。ズボンの裾はシングル仕上げで、モーニングカットといって、甲からかくるぶしにかけて斜めにカットされています。
主役、新郎・仲人などのシャツは白無地のウィングカラー、新郎・新婦の父親などはレギュラーカラーで、ダブルカフス。弔事にはレギュラーカラーを用います。
白黒の縞柄かシルバー系の結び下げか、アスコットタイ。アスコットタイの場合、シャツは必ずウィングカラーにします。弔事には黒の結び下げにしてください。
毎年、6月第3週にはロンドン郊外・バークシャー州のアスコット競馬場で、女王も臨席され、レースがおこなわれますが、レースそのものへの関心もさることながから、華やかな来場者の服装にも視線が集まります。
男性はアスコットモーニングコートといわれるグレーフラノで、誂えたモーニングコートを着用します。粋なアスコットタイを締め、モーニングコートと同色のグレー色のハットをコーディネートさせています。ある人は頭に正式に被り、ある人は手に持っています。競馬場というよりも、恋や愛が一つや二つ生まれそうな社交場の雰囲気です。
女性も精一杯のお洒落をして,競馬を楽しみます。パリのオートクチュールは宣伝も兼ねトップモデルに作品を着せて華やかな雰囲気を一層盛り上げます。100年以上も続いている楽しい習慣です。
いまは故人となってしまわれましたが、本業の洋服を通じて「モーニング5着出世論」を提唱した人がおられます。元大阪洋服組合、全日本洋服協同組合連合会理事長を務め、自らは大阪・難波、歌舞伎座の側で丸三洋服店を経営していた加納栄治氏です。
1着目は自分の結婚式のときに誂える。やがて会社での地位が上がり、仲人など頼まれる機会が増える頃には体型も変わり、若いときのモーニングは着られなくなります。そこで2着目。この2着はどちらも、秋冬用厚手の生地を使って誂える場合が多いようです。
モーニングは結婚式ばかりではなく、弔事のときにも着ることがあります。人の死は時を問わず襲ってきます。真夏の立礼に冬物のモーニングを着ていると、それこそ玉の汗が滴れ落ちます。そこで薄く涼しい生地で夏用のモーニングが必要となります。3着目です。
ここまでくればその人の社会的地位は相当に高くなっています。
結婚式、上棟式、創業祭、オープニングセレモニー、叙勲、葬儀、法要などいずれも大切なライフシーンの一駒です。くたびれたモーニングを着ていけません。冠婚葬祭に出る機会の多い人は、さらに冬と夏用の各1着が必要になり、「人生モーニング5着」となりますが、ここに到達すると頂点を極めたことになるというのです。
モーニングコートもどうやら定年間近になった感じがします。燕尾服、フロックコートが現実社会から消えていったように。次のエース候補はタキシードでしょう。「タキシード5着出世論」と名前を変えなくては・・・。
そういえばタキシードも背広型。これ以上省略するものがないほど、無駄が省かれています。つまり完成の域に達していることから当分の間は失ってしまうことはなさそうです。
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アパレルの三陽商会によるサンヨー・フォーマルウェアの用語解説
http://www.sanyo-shokai.co.jp/dictionary/
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