辞書で「すててこ」を引いてみると、1.ズボン下の一種。さるまたより長く、
膝の下まであるもの。2.「すててこ踊り」の略。とありました。昔は夏の風物詩となっていましたが、言葉そのものも、見た目にも野暮ったいので、若い人に敬遠されていました。
しかし、ズボン下としての機能性と、新しいアウターウェアの可能性から、新感覚の部屋着、くつろぎ着として、復活の兆しが見えます。
もちろん、名前も「フレンチカルソン」「ロングパンツ」と洋風に変え、白一色からカラフルなものへ、あるいは柄物を採用するなど、変身を遂げています。
それにしても「すててこ」という奇妙な名は、どこからやってきたのでしょう。
花登筺の「すてとこ」と圓遊の「すててこ踊り」二つの説を中心に、好奇心のメスを入れてみましょう。
春が来たかよ 本中の庭によ
桜咲いた 桜咲いた
ステテコシャン ステテコシャン
ドンブリバチ浮イタ ドンブリバチ浮イタ
ステテコシャン ステテコシャン
(夏、秋省略)
冬が来たかよ 本中によ
雪が降った 雪が降った
ステテコシャン ステテコシャン
ドンブリバチ浮イタ ドンブリバチ浮イタ
ステテコシャン ステテコシャン
三遊亭圓朝の弟子・圓遊は俗に「すててこの圓遊」と呼ばれていました。圓朝門下は「船徳」や「野ざらし」
などの人情ばなしを売りものにしていましたので、素噺(すばなし)のあとで「すててこを踊り」を披露する圓遊は異端児扱いを受けていました。
純粋の落語フアンから「あいう芸人が出るようでは世も末だ」との批判の声も聞かれましたが、一般には「すててこ踊り」の人気は上々。圓遊はすっかり有名人になりました。
歌の文句のように一年中「すててこ踊り」を高座で披露、旧態然とした落語界に新風を吹き込むと同時に、
「すててこ」の存在を広く世に知らしめました。
もうひとつの語源説は花登筺のドラマ「あかんたれ」に出てくる「股引の
膝から下は切って捨てとこ」から「捨てとこ」「すてとこ」「すててこ」になったという説です。
船場の呉服問屋・成田屋の物語。本妻の子供はボンクラ、妾の子・秀松は能力があるのに意地悪をされるというよくあるストーリーです。
経営ピンチに落ち込んだ成田屋を秀松は「すててこ」をヒット商品に育て上げることにより、見事に再建させました。
股引は汚いものを隠すもの、妾やその子供も隠れた存在、格式がある成田屋が再建のためとはいえ股引を売り出すのは・・・といった数々の偏見をはねのけての快挙でした。
このような経過で世の中に広まった「すててこ」ですが、冬は下半身の保温性を高める、夏は汗をかいた肌にズボンが直接触れることを防ぐ、という優れた機能性をもちながら、ネーミングやその形状がどことなく野暮ったいので、若い人からは敬遠されてきました。
男性より下着に関心を持つ女性からもズボンの下に、すててこをはいているのを見ると、100年の恋いも冷めてしまうという厳しい意見も出ています。
どうも下着の和名は人前で口にするのは、恥ずかしいような雰囲気を持っています。ふんどし、さるまた、ももひき、すててこ、ぱっち、いずれもオジン感覚の代表選手的な存在です。
猿股(さるまた)は腰から股だけを覆う丈の短い男子用の下着です。ラクダ色の厚い生地がよく使われます。猿回しの猿にはかせていたのを人間様が頂戴したのが語源とされています。
股引(ももひき)は股の割れたひも付きのズボン下です。室町時代の職人がはいていた股はば巾(ももはばき)が変化したものと言われています。
(ぱっち)は朝鮮語のズボンを意味する「パチ」からきた言葉です。
オジンの定番とされていた「すててこ」が、白中心からカラーフルに、そして柄ものへと発展、一大変身を遂げました。東京のI百貨店は「フレンチカルソン」と名を変え、ブルーや黒、ストライブなど色柄のバラエティーを増やしました。素材面でもコットンのほか、楊柳などを加えています。
S百貨店は「ロングトランクス」と名を変え、ズボン下としてはもちろんのこと、下着のアウターウェア化の波に乗り、部屋着、カジュアルな街着にまで発展させようとしています。
有名ブランドの名を付けたり、ゆったりしたデザインで、ウエスト部分のゴムはわざと太くして目立つように外側に着けるなど、新しい感覚が加えられています。女性の間では下着であったキャミソールが外着として平気で着られるようになってきました。
アンダーウェアのアウターウェア化は世界のトレンドとなっています。「すててこ」もその流れに乗れるのでしょうか。女性は勇敢にファッションを取り入れますが男は慎重です。しばらく時間が掛かるかも知れません。
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成田治三郎の部屋
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