第二次世界大戦前までは夜間の正礼装として活躍してきましたが、今や皇
室
行事など、きわめて格式の高い式典で着用される程度で、庶民の生活から遠く離れた存在になってしまった。
人間なら定年退職の身。やがて老人ホームならぬ博物館入りとなる運命。
夜の準礼装であるタキシードに名誉ある正礼装の座を譲ってしまったのは、カジュアル感覚と機能性を求めてやまない服装変遷史のルールに従ったものですが、午前中の礼装であるモーニングコートが、午後、さらには夜の着用もOKと着用時間帯を広げ、一日中着られるようになったことも、ミュージアム入りを早めた原因の一つになっているのかも知れません。新しい内閣が難産の末に誕生したときには、宮中で行われる認証式が夜間になることがありますが、閣僚が着用している服はモーニングコートです。
燕尾服がモーニングコートより格調の高い昼間の礼装として用いられることも忘れられてしまったのでしょうか。
燕尾服ほど多くの名を持つ服は他に例を見ないようです。
フル・コート・ドレス、スワロー・テールド・コート、イブニング・コート、イブニング・ドレス、テール・コート、ドレス・コート、ナイト・フル・ドレス、スパイク・テール、クローハンマー・テールと幾つもの別名を持っています。
スワロー・テールド・コートは文字通り「燕の尻尾服」。この服を前からみるとウエスト丈になっていますが、後ろの裾はツバメの尻尾のように分かれていることから、この呼び名が生まれました。
面白いのはクローハンマー・コート。クローハンマーは「釘抜き金槌」のことで、釘抜きの部分が二つに分かれている様が、燕尾服のテールに良く似ているというのです。確かに似ていますが、格調の高い紳士の第一礼装を金槌に例えるのは無礼千万。燕尾服にご縁のない連中が皮肉を込めて表現した言葉ではないでしょうか。スパイク・コートの出所ははっきりしませんが、語の響きからすると「金槌コート」と同様に俗語として使われていたものと推察されます。
イギリスでは燕尾服のことをフル・コート・ドレス(Full Court Dress)と呼んでいます。
直訳すれば、宮廷 (court) で着用する正礼装です。
勲章を所持する者は勲章を総て佩用(はいよう)します。胸を堅く糊付けをしたシャツを着る習慣も勲章の重さに耐えるための工夫からきたものです。
国王の即位・戴冠式 大葬に出席するときなどには、欠かすことの出来ない洋服です。この服装には、ネクタイ、シャツから、カフスボタン、靴下に至るまで、細かい規定があり、それを、省略して着用すると、相手に対して礼を失することになります。自分の好み、個性を主張するのはごく限られた部分になります。
勲章をはずして燕尾服を着用すると、格が一つ落ちて中礼服になります。これをフォーマル・イブニングコート(Formal
Evening Coat)と呼びます。略して、イブニングコート(Evening Coat) といいます。
中礼服として着る場合は、名前はイブニングですが、朝、昼間に着用してよいことになっています。昼間の最礼装はモーニング・コートというのは、ある意味では誤った常識だともいえます。
燕尾服にもちいる服地は黒が基本、衿はピークドラベル(剣衿)にして拝絹(衿の表面に掛ける光沢のある絹地)をかぶせます。ズボンは上衣と共地で側章を二本入れます。(タキシードの場合は一本=位が違いますから)、チョッキは白のコットン・ピケ、シャツはウイングカラー、糊で堅く仕上げたイカ胸の白シャツを用います。ネクタイは白ピケの蝶タイ。(タキシードは黒の蝶タイ)Vゾーンは白一色でまとめるのが、燕尾服着こなしのポイントです。
したがって招待状などに、服装指定として、White tie または、Most Formal、
と書いてあるときには燕尾服を着用しなければなりません。
英語の招待状なのに出欠の返事と、服装指定は気取ってフランス語で書いてあることがあります。Cravate
blancheとあれば燕尾服です。
しかし、心配はご無用。何十年間もテーラーを経営していても、燕尾服を縫うチャンスに恵まれない人もいるというほど実用洋服の世界から離れた存在となっています。
燕尾服がいまでも存在感を誇っているところは宮中晩餐会、国家主催のパーティ、ウィーンで開催されるオペラバル、カイザバルの二大舞踏会、勳2等以上の叙勲、ノーベル賞の受賞式などです。
ノーベル賞の受賞式はスウェーデンのストックホルムにあるコンサートホールで開催されますが、主席者は全員燕尾服の着用を義務づけられいます。
これ以外に燕尾服と縁が深いのは、オーケストラの指揮者、楽器演奏者、一流ホテルのドアマン、結婚式場での新郎の衣装、ダンスの競技会、宝塚歌劇団、映画などの世界です。
一つは伝統行事のため、古くからのしきたりをかたくなに守っていること、今一つはお客さんに対し最高の敬意を服装を通じて現そうというものです。
(天&黒い尻尾の会)では燕尾服がよく似合う男は1930年から1950年にかけて、ミュージカル映画で活躍した名ダンサー・フレッド・アステアだと言っています。お薦めのシーンは黒燕尾服の群舞、タップダンスが見られる「トップハット」(Top
Hat RKO 1935)です。身近に燕尾服の出てくる舞台を見たい方には、スバリ宝塚歌劇を推薦しておきましょう。
ダンスの世界では燕尾服は無くてはならないものです。競技会に備えてパートナーをホールドした状態でテールがつり上がらないように特殊な工夫のなされた洋服を用意しなければなりません。ダンス用の洋服を専門に受注しているテーラーもあります。学生の競技会ですら、2003年までには正式な競技服は燕尾服に統一することになっています。
ヨーロッパの一流ホテルでは燕尾服を着たドアーボーイを立たせているのをよく見掛けます。それはホテル発祥の歴史を見ると理由が理解できます。ヨーロッパの貴族の間でカンツリーライフを優雅に過ごすイギリスの貴族生活が、関心の的となり見学者が増加しました。
初めのうちは自分所有の邸宅に泊まってもらったが、それだけでは間に合わなくなり、マンションと名付けた宮殿のような立派な建物をたてて、お客様の宿泊に当てることにしました。これがホテル発祥の簡単な経緯です。宮殿にお客さんを迎えるのと同じように丁重に接しなければなりません。その気持ちが、燕尾服という正礼装で迎えるようになりました。お客さんがビジネスマンに変わり、適正な宿泊料を受け取るようにシステムが変化しても、燕尾服着用の習慣は延々と続いているのです。
燕尾服はフロックコートの前を切り落としたものといわれていますが、その真偽は判りません。しかし、フロックを着やすいように改良したものと考えるのは、方向としては正しいでしょう。燕尾服が初めて着用されたのは1789年頃だといわれています。チェックイン・フロックコートと呼ばれてました。1820〜1830年頃に裾が二つに分かれ、テールコートの形を整えました。夜間の正礼装の地位を固めたのは1850年代になってからです。
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