ズボンとカタカナで表現すると、いかにも外来語のように見えますが、立
派な
日本語です。
イギリスではTrousers (トラウザース)、アメリカではSlacks (スラックス)、あるいはPants
(パンツ)、 フランスでは Pantaloon (パンタロン)、ドイツではHosen (ホーゼン)と言います。
ズボンに当たるものは見当たりません。発音で一番近い言葉はフランス語のJupon
(ジュポン)ですが、これは女性のペティコートを意味します。
なぜペティコートがズボンに化けたのでしょう。もっともらしい話として明治初期の元勲による艶聞も残されています。広辞苑にも「本来は女子の下裾着の意」とあっさりと紹介されています。
そうじゃない。「ずぼん」とはけるからズボンだという説もあります。落合直文の「ことばの泉」はこちらの説を採っています。
どちらにも軍配を上げにくい状況ですが、個人的な意見としては、ズボンが導入された時代に生きた落合説が有力だと思います。
田中千代の服飾事典によれば『ズボンとは両足を別々に包む形の下体衣で、太さ、長さ、形状はときどきの流行や、礼装用、常服用、スポーツ用、こども用などの用途によって異なる。ズボンの語はスカート、ペティコートを意味するフランス語のデュポンがなまったものといわれ、日本語では「洋袴」とも書き、明治維新当時は「段袋」とも称した。』・・・と、紹介されています。一番知りたい「なぜ女性の下着が男性のズボンに変わってしまったのか」にはふれていません。
ヨーロッパの服飾史を調べてみると女性用の下着が、いつの間にか男性用になったり、その反対も見受けられます。また、インナーウェアのアウトウェア化の現象も見られますが、ペティコートとズボンの結びつきを説明するのに無理があります。
個人の名誉とプライバシー保護のため、あえて名を伏せておきますが、明治の重臣が金髪のフランス娘と浮気をしました。重臣はベッドサイドに脱ぎ捨てた自分のズボンを指さして、「フランスではあれを何というか」と質問しました。
フランス娘は自分のペティコートのことだと思い「デュポンと申します」と答えました。「そうか、あの段袋のことをフランスでは『ズボン』と申すか。」外国語に弱い重臣はとんでもない誤解に気付かず、金髪娘のいうことを信じて周りの人に、「これがズボン」と吹聴しました。覚えやすい言葉なので、口から口へたちまちのうちに伝わり、一般に広まったといわれています。言い出しぺーの重臣が間違いに気付いたときはどんな思いでいたのでしょうか。「赤恥」でしょうか、「青恥」なのか、本当のような、嘘のような話しですが、語呂から語源を探っていくとこのような結論になってしまいます。
外来語がなまって出来た言葉ではない、幕臣大久保誠知が「スボンと足が入る」と言ったからという説もあります。
落合直文の「ことばの泉」によれば、「ずぼんと足のはいるより言い始めてたる語」とあります。落合直文〔1861(文久1)〜1903(明治36)〕は歌人であり国文学者、国語辞典のほか国文学関係の著書を数多く残しています。『青葉茂れる桜井の 里のわたりの夕まぐれ 木の下陰に駒とめて』という楠公惜別の歌を作詞した人としても知られています。何よりもズボンが日本に入ってきたときに生存していたのが強みです。「すぼんと入る」説は信用に値するものだといえるでしょう。
なるほど当時、飛脚や車夫のはいていた身にピッタリそった股引スタイルのものと比べると、ズボンは太めに設計されているためズボンとはけます。案外ここらに正解があるのかも知れません。単純で分かり易い説ですが、本当だとしても単純すぎて信じてもらえない恨みがあります。
トラウザース。イギリスではジャケットと対にしてはくズボンをこのように呼んでいます。必ず複数形で用いられます。いうまでもなく、右と左、足がニ本あるからです。ではトラウザー(Trouser)と単数にするとどうなるのでしょうか。片足のズボンではなく、半ズボンを意味します。生地が半分で出来ることをイギリス独得のユーモアを持って言い現したのではないかと考えられます。
トラウザースという語が初めて用いられたのはヘンリー8世(1509-1547)の時代です。その頃スコットランドの高地人やアイルランドなど寒い地域に住む人の間で用いられていた股引形ズボンをトゥルーズ(Trouse)と呼んでいました。日本でいうステテコのようなゆったりした下履きにあたるドロワーズ(Drawers)の影響を受けてトラウザース(Trousers)になったといわれています。
ドロワーズは日本ではなまって「ズロース」いわれているように、もともとは女性用の下着を意味する言葉でした。何故か男のズボンは女性の下着と混同されることが多いようです。何か深い理由が有るのかも知れません。
フランス革命以後はフランスで男のズボン下履きとして大いに用いられました。
フランスでは長ズボンをパンタロンと呼んでいます。コメディア・デラルテの中でパンタレオーネ(Pantaleone)
という登場人物が、長いズボンをはいていました。劇の中ではピエロ役を演じていました。
喜歌劇の原型とされるペルゴレージの『奥様女中』に出てくる主人のウベルトはパンタレオーネの一人で、年老いた道化役です。この劇中人物の出身がベネチアとされており、4世紀のベネチアの守護神が聖パンタレオーネ(すべての獅子)だったことから名付けられたものです。
パンタレオーネの言葉が最初に使われたのが1590年で、ズボンの意味で使われたのが、王政復古の頃の1661年です。その後も女性には人気を博していたようですが、男性からは「色気がないと」と総すかんを食い女性のパンタレオーネ姿は宗教革命と共に一旦は消えてしまいました。
フランス革命(1789)の後、パンタロンがまたもや一般に広まりを見せ、娼婦たちまでがこれを履いて男を誘いました。「ふしだらな服装」との批判を受けながらも、機能性に優れ、はきやすいため、時の経過とともに多くの女性が着用することになりました。それだけ女性の力が強くなり、男の言い分や都合で服を着るのではなく自分の意志で洋服を楽しむようになってきたのでしょう。
わが国では1960年の終わりから70年前半にかけて腰から股当たりまでをフィットさせ膝から裾にかけて広がりを持たせた、フレアードボトム(水兵がはいている裾が広がった)の長ズボンをパンタロンと呼んでいたので、パンタロンはベルボトムのズボンのことだと解釈している人も少なくありません。
ズボンというのは何となく響きが古いような感じです。カジュアルな感覚のズボンは、スラックス、パンツというアメリカ語に置き換えられているようです。
背広、スーツのボトムとしては英語のトラウザースにあたるズボンがまだ生き残っているようですが、上にセーター、ブルゾン着込んだときはスラックスになりつつあります。
本来はスーツのズボンより、ゆったり裁断され、腰にプリーツをとったものを指しましたが、最近はピッタリしたものも含まれいます。
女性の着用が増えてスラックスに一層スポットライトが当てられるようになりました。
パンツ(Pants)。日本では下着のパンティーズと混同されているため、何となく艶めかしい響きを持つ言葉として捉えられています。服装のカジュアル化が進に連れてズボンに変わる言葉としてよく使われるようになりました。ニュアンスとしてはスラックスより更にスポーティなも、あるいはレディス向きのものは「パンツ」という表現の方が、ピッタリ感じられるようになりました。
アメリカではイタリア語のパンタローネ 、フランス語のパンタロンにあたるパンタルーンズ(Pantaloons)の略語として「パンツ」が用いられ、素直にズボンのことを指しています。下着としてのアンダーパンツについての考察は別項に譲ります。
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