ツィード(Tweed)

毛織物卸商の伝票書き違い。「Twill」が「Tweed」に

まず紡毛の定義から。田中千代の服飾事典によれば、「獣毛おもに羊毛raglantwed
のうち短繊維のみを用いて毛糸を製する工程あるいはその織物をいう」とあります。
ところでツィードという名前ですが、スコットランドを流れるツイード川の流域で生産される服地だから、ツイードという名がつけられたという説がありますが、どうやらこれは間違いのようです。
綾織りのことをツィール(Twill)といいますが、スコットランドではTweelと書きあらわします。
ロンドンのウールンマーチャント(毛織物卸商)が伝票に最後の1字を取り違えたのが、事の起こりで、コートやスポーツジャケットの素材として馴染みのあるこの服地が『ツイード』と呼ばれるようになったのです。紡毛服地を何となく思い出させる語の響き、短く、覚えやすい言葉だから、いち早く業界の共通用語として定着したのでしょう。

カジュアルからフォーマルまで広くカバー

紳士服地は梳毛服地(Worsted fabric)と紡毛服地(Woollen fabric)の二つに大別されます。梳毛服地は背広地に代表されるもので、主として毛足が長く、柔らかいメリノ種の羊毛が使用されます。服地の表面はなめらかで、格調が感じられます。
これに対して紡毛服地はやや太めの獣毛、山羊の毛などを使います。そのために織り上がった服地は厚めとなり、野趣に富んだ表面感から、オーバーコートやスポーツジャケットに最適のものとされています。同じ紡毛織物でもカシミヤやビキューナなどの細く繊細な原料を使ったものは、織物の表面を起毛加工して、毛並みを整え、優雅な光沢を出します。礼服の上に羽織るオーバーコート用のフォーマルな生地も紡毛織物です。
紡毛服地がすべて野趣に富んだカジュアルな感覚のものというのは間違いです。

狭義のツィードは「ハリスツィード」

ツイードという名称が初めて使われたのは1825年のことです。ロンドンの、毛織物卸商が発注書にTwillと書くべきところをスコットランドの人にも分かり易いようと配慮して現地語でTweel書き直そうとして最後の「L」を
「D」と間違えてしまいました。
少し違った説として、スコットランドとイングランドの境界を流れるツィード川(Tweed River)の印象が頭に強く残っており、思わずTweedと書いてしまったというのがあります。いまとしては正確なことは判りません。
どちらにしても一人の毛織物卸商の誤記から産まれた言葉には違いないようです。
言葉の響きが良かったことも手伝い、ちょっとした間違いで生まれた言葉を、周辺の人が好んで使うようになり、間もなく公式の言葉になってしまいました。
狭義のツイードは手紡ぎ、手織りのホームスパンを意味します。スコットランドの北の沖、アウターヘブリデス諸島には厳しい当地の天候に耐えられる、英国山岳種のブラックフェイスが、飼育されています。この新毛のみを使ってハリス、ルイスの両島のみで織り上げられたのがハリスツィードです。ハリスツィードは英女王から勅許が与えられ、他の地域で作られたツィードは、「ハリスツィード」という名称は使えません。
昔の古い織機を使っていますので、生地の巾は75センチのシングル巾が主体になっています。普通の背広地は150センチですから、半幅ということになります。

羊毛自体の色、草木染め、自然の色を活かす

ハリスツィードは古くより西スコットランド、アウターへブリデスで織られていましたが、19世紀の中頃まではその殆どが地元の農民や漁民の作業服の素材として消費されていました。
産業革命が波がイングランドを経てスコットランドに達したとき、本土は機械化に取り組みましたが、アウターヘブリデスでは、かたくなに機械化を拒み、手紡ぎ、手織りの伝統を守り抜きました。
1846年に, ダンモア(Dunmore)夫人がハリスツィードでタータンを織ることを思い付き、できた製品を友人や知人に売ったところ,大変好評を博しました。 気をよくした夫人は生産の過程を改良することに多くの時間を注いだといわれています。 これがハリスツィード産業の始まりでした。
当初の製品は羊毛の色をそのまま生かし、染色は一切施されませんでした。19世紀になって自然の木や花による草木染が採用されるようになりました。しかし、染められた羊毛の使用には厳しい制限が設けられ、一定度以上のものは使用が認められなかったよううです。

ゲール語の歌に合わせて女性が作業

使用される原毛はブラックフェース、クロスブレッド、チェビオットなどです。糸につぐむ前の準備段階で、作業を楽に進めるために少量のオイルが加えられます。紡績は手によって優しく回転すblackfwoolcoるホイールで行います。
世紀のかわり目まで、非常に古いタイプの木製織機で、手動で運転されたシャトルを使って織物が作られていました。最終的な過程では工程で付いた汚れが洗われて仕上げとなります。 すべての工程は女性でもこなせるよう、コンパクトにまとめられています。
日本酒を杜氏が仕込むときのように、しばしばゲール語の歌によって工程が進められます。どことなく哀愁に満ちた女性の歌声、規則正しく響く機音、優れた羊毛を育てる厳しい気候、春ともなれば色とりどりに咲き誇る草花、公害とは無関係の清い水、風光明媚な景色、長い年月が培った技術と経験。これらの要素が一本一本の糸に打ち込まれ、あのハリスツィードが産まれるのです。

偽物防止にトレードマークを制定

1903年と1906年の間にハリスツイードの需要は急速に増加しました.。ストーノウェイのエーネアス・マッケンジーさんは、これに応えるために本格的な工場を建てました。現存する最も大きいハリスツィード製造会社の1つがそれです。今日その名前を取るharrismarkケニス・マッケンジーさんによって運営されています。
需要の増加と共に偽物も多くなりました。1905年にトレードマーク条例ができたのを機に真正のハリスツィードであることを証明するマークを制定することになりました。HAND WOVEN HARRIS TWEEDの文字の下に十字架の付いた宝冠をあしらったもので、1着分の服地に1枚ずつ仕立て上がった洋服に縫いつける織りマークが付けられ、生地にもステンシル(転写マーク)でトレードマークがプリントされています。
さらにマークにはHAND WOVEN IN THE OUTER HEBRIDES FROM 100% PURE WOOLと新毛を100%使いアウターへブリデスで手織りしたものであると明記されています。マークのデザイン、使用規定など時代に応じて、若干の変更を加えられたが、基本的には同一のものが使われています。

スコットランド各地に散在するツィード・ミル

19世紀の初め頃からイギリス貴族のカントリーライフには欠かせない狩猟、釣り、スポーツウェア用の素材としてツィードが注目されるようになりました。
スコットランドにはツィードを作り続けている小規模な業者(ミル)が多数存在しています。北部スコットランドで生産されるツイードが「ハイランドツィード」、イングランドより少しスコットランドに入ったツィード川流域では「タータンチェック」と「ボーダーツィード」と呼ばれる服地が生産されます。ボーダーcheviotは国境のことで、スコットランドとイングランドは同じ国ながら対抗意識が強く、国境という言葉をよく使います。
スコットランドの南部で生産される「チェビオットツィード」は、生地が薄く、スーツに使えるので人気があります。スコッチツィードはこれらの総称です。アイルランドにも「ドネガルツィード」に代表される「アイリッシュツィード」があります。イタリア、日本でもツィードは生産されていますが、ツィードを「スコットランドおよびアイルランドを主産地とする紡毛織物」と定義付けると、「ツィード調」の服地ということになります。

イタリア・プラトーで紡毛、高級梳毛はビエラ

イタリアの紡毛毛織物の産地プラトーには、世界一のスケールを誇る毛織物の屑を集める機構があり、世界各国から背広やコートの着古したものが集まってきます。色の付いたものは、それなりに選別をしたあとで、これを解体して、もとの羊毛の状態にします。 リサイクルの模範生といったところでしょう。原料は廃品、染色の手間も省けるため、コストは新毛を使ったものに比べると格段の差が出てきます。
こうして得た原料は「反毛」と呼ばれます。
反毛を使った服地は短い繊維を使っているので耐久度が劣る、毛羽立ちやすい、などの欠点があります。値段もそれだけに安いので、長期にわたって着ることのない子供服の素材などに使われています。
ちなみにイタリアの高級梳毛織物の産地は北イタリアのビエラです。
アルプスを間近にひかえた丘陵地帯に世界に名の知れた毛織メーカーが何社か、今日も流行の最先端を行く服地を織り上げています。

垂直統合の泉州(紡毛)、水平統合の尾州(梳毛)

日本の紡毛織物の産地は一般に「泉州」と呼ばれる大阪府の泉大津に集中しています。この泉大津は毛布の産地としても知られています。
背広地に代表される梳毛服地(Worsted)は愛知県の一宮市を中心とした地域です。
世界の毛織物産地を眺めてみると、紡毛服地と梳毛服地は、何百キロも離れたところに存在していることです。
紡毛織物の生産者は羊毛を洗い清める「洗毛」から毛を並び揃える「コーム」、目的の色に染める「染色」、糸に紡ぐ「紡績」、布地に織り上げる「織布」、風合いを整える「整理」などの全工程を場内で一貫処理するところが多いのに対して、梳毛織物のメーカーは「紡績」「織布」「染色・整理」といったように分業化され、違った会社で行うケースが多く見られます。紡毛は垂直統合、梳毛が水平統合、生産形態の違いがそれぞれの産地を引き離したのかも知れません。



ようこそ、ハリスツィードへ Welcome in Harristweed
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