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若松親方、現役時代の四股名を、四代目大関朝潮太郎という。 この元大関の若松親方の講演会を聞くという幸運な縁に昨年の年末恵まれたことを思い出した。 この若松親方は、抜群に講演がうまい。力士としての贔屓目ではなく、講演者として非常に高いレベルにあると 感じた。そのユーモア、そして感動を呼ぶ内容、実にうまい。 講演時間もおそらく話をしているうちにピッタリに調節ができる方である。 親方は、高知県は室戸に生まれた。高知県は、 酒飲みが多いのでも有名であるが、スポーツと言えば「野球」か「相撲」の2つに1つしかない土地柄だそうである。 で、体の大きかった親方は当然、ご本人曰く「いやだった相撲」をさせられたとのことである。 しかしやっぱし強かったんでしょう。 そして、大学では「学生横綱」などのタイトルを取る。
そして、高砂部屋に入門した。 講演に慣れていると感じたのは、その語りの滑らかなのはもちろんだが、数字の記憶力のよさである。 角界の人数の説明、ご自分に関するさまざまな数字データ。まさに、「立て板に水」のようであった。 大関になり、北の湖や千代の富士との名勝負を残した朝潮関は、89年に引退した。 これだけ、弁舌が達者であるので、なにをやっても生きていけると思うが、結局、自分の部屋を持つことになった。 これも縁あってのことと思う。 親方が部屋を持つことになり東京の本所にビルを建てて部屋を作った。 ちょうどバブルの頂点の時期に重なったのである。凄い借金だったそうである。 だから、親方曰く、勝負の世界に「タラ、レバ」はないが、 「もう10年遅く生まれていたら・・・」
「今なら横綱になれたかも?しれない」 と冗談めかしておっしゃって
いたが、これは本当と思う。
講演は、「弟子の育て方」と題して、ご自分の自伝的なお話と弟子の指導についてであった。 相撲の世界は、「力」。「力の強いものだけ」が生き残る世界。関取になれば自分の部屋ももらえるし、
給料ももらえる。だから強くならなければ駄目だということをいろいろな事例を
挙げてお話いただいた。 では、これだけ弁舌の達つ、タレント性抜群の親方に、なにが?そんな巨額の借金をしてまでも部屋を持つ決断をさせたのか? それは、「夢」だとおっしゃっていた。自分の果たせなかった「横綱への夢」。 これを自分の手で育てた弟子に託す。 親方は、今でも回しをつけて土俵に上がると言っておられた。 弟子に直にぶつかることで、指導をする。直接ぶつかりあうことで、ほんとうの指導ができる。 そして、「いいところを徹底的に磨き、誉め、伸ばす」というのが方針と言われていた。 このような講演会をするのも、パーティーを開いたりするのも部屋のため。
そして、いつか、大関、横綱を若松部屋から必ず出す。このために毎日走り回っていらっしゃる。
最後に親方は、まじめな顔で、このように言われた。 「きょうは、縁あってここにおいでのみなさんと、お知り合いになれました。 このご縁を大事にしたいと思います。どうぞ、みなさんの回りに身長173センチ、体重85キロ以上の 健康な男子で相撲を取ってもいいというお子さんがいらしたら、ぜひとも わが若松部屋にご紹介ください。よろしくお願いします」 と大きな体を90度折り曲げになり、演台に頭をつけんばかりに「最敬礼」をされた。 う〜ん、感動した。その生き方、その姿勢に。 誰か、どこかに健康な相撲取ってもいいという男の子知りませんか?
お心あたりのある方は、ぜひ、紹介してくださいね。わたしから、連絡させていただきますので。
ただし、年齢は、15才〜23才までです。
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