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いまから、3年前のある日の夕方。 「きょうは、幼稚園のお泊り会の行事のお手伝い頼まれちゃったから6時までに必ず帰ってこい」
「こんにちはー。お手伝いに参りました」 「あ・・、ご苦労様です。本日は、キャンプ・ファイアーをやりますので、そのお手伝いをお願いします」 ということで、わたしを含む3人のお父さんがお手伝いとして参加していました。
わたしともう一人のお父さんは、キャンプ・ファイアーの炎を最後まで消さないで守るという任務が与えられました。
そしてあと、もう一人のお父さんは、一見簡単そうな厳しいお仕事が・・・。 その仕事とは「炎の神様」と称してカーテンのような布を身にまとい聖火のように松明(たいまつ)を持って入場するという役です。 キャンプ・ファイアーの炎は「炎の神様」が運んでくるという演出ですね。 別に大変でもなさそうな仕事ですが、違いました。この「炎の神様」の衣装はほんとにただのカーテンをぐるぐる巻いただけのため 顔も出せず、わずかな隙間から目だけ出してふらふらと歩いておられました。 大丈夫かなぁー。 実際始まってみると手にもった松明も素人が適当に作ったものでキチンと出来ておらず「炎の塊」が歩きながらポロポロと落ちています。 その落ちた炎がそのカーテンの衣装の上にもボンボン落ちているではありませんか! 「炎の神様」ご本人は、危険な状況に気づいてなかったかと思いますが、周りの人は「燃え移ったらどうしよう」 と思っていました。実際、あぶなかったと思いますよ。ほんとに。 「よかったなぁ。神様の役だったら命の保障はなかったなぁ」と自分のラッキーを神に感謝しました。 幼稚園児たちは、神様の登場にきゃーきゃー言って大喜びでしたが、いつ火だるまになるか心配でした。 おー、こわー。 とにかくボトボト火の粉を撒き散らしながらも「炎の神様」は事故なく、なんとかキャンプ・ファイアーに点火できました。とにかく神様が死ななくて良かった。 さて、ここからが、わたしともう一人のお父さんの出番です。 もともとたくさんの乾燥した木の枝が用意してあったので、「大丈夫」「楽勝」と思ってどんどん 火に入れてましたが、実はこれは薪でないのでアッという間に燃えてしまうのです。 しかし、キャンプ・ファイアーなので炎を切らす訳にいきません。 最後にみんなで花火をやって終了ですが、そこまで燃料がもつかどうか? 「やば。花火になる前に火が消えちゃったらシャレにならん!」 と危険を感じたわたしともう一人のお父さんは、必死に工夫してなんとか火をもたせようとしました。 乾燥した枝は太くてもバリバリ燃えます。用意した燃料用の枝以外のものも園内じゅうを探し回りぶち込みました。 そしてもういよいよ最後の枝しか残っていなくなったところで、天からの先生の声。 「では、みなさんー。校庭の真ん中で花火をしまーす。みんな集まれー!」 「やったー!助かったー。ぎりぎりセーフってやつだなぁー」
そして、みんな、楽しく花火を終えました。 夜も8時になり、年長の子供は「お泊り会」ということで幼稚園に泊まり込みです。
「お疲れさまでした」 「いやー、炎の神様のお父さん、よくぞご無事で。火が衣装のカーテンに燃え移るんじゃないかとハラハラでしたよ」 「子供たちが興奮して騒いでいるので、一応神様になりきってみました」
「それはそうと、火が消えなくてほんとによかったですよー」 「木の枝だったんで、アッという間に燃えちゃうんでほんとに心配しました」 「きょうの子供たちの表情をご覧になってどう思われましたか?」と校長先生の質問。 「うーん、大騒ぎでよろこんでましたですね」 「そうです。でも、きょうのは特別なんですよ」 校長先生のお話によりますと キャンプ・ファイアーの「火」というのは、特別に子供が興奮するんだそうです。 つまりこんなに大きな火はめったに見られない。 生まれて初めて火を体験した子供もたくさんいるはずということである。 そう言えばそうだなぁー。 幼稚園の子供にとって「火」とは、ガスコンロの青い火かローソクの火ぐらいしか見たことがない。 きょうの火は、今まで生きてきて見た一番「大きな火」なんですって。なるほど。 校長先生がおっしゃるには、人間は「火」を見て興奮し、「原始の心」「本能的ななにか」を呼び起こすということです。 (原始の心ってなにかなー??) つまり「大きな炎」こそが、子供の中にある人間が本来持っている「なにか」を呼び起こす力があるということであります。
なーるほどねー。 確かに、幼稚園児たちはピョンピョン飛び跳ねて「縦ノリ」で異常に興奮してたもんなー。 その日の幼稚園児たちの興奮した顔を思い出し、「原始時代から変わらぬ人間の本能ってなんだろう?」と考えながら、缶ビールを飲み干したのでした。
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