台風の記憶



人間の記憶は、果たして何歳くらいからあるんでしょうか?

なぜかといいますと、わたし3才のときの記憶があるんです。ほんとにその3才の時の自分の記憶か?ちょっと疑問ですけどね。

その記憶というのは、家族で旅行とか遠足とかじゃなく、それは「伊勢湾台風の夜の自宅の記憶」なんですけどね。

今年、愛知県は、一年の1/3の雨が一日で降るという災害に見舞われ、 名古屋を流れる川の堤防が決壊してたいへんな被害が出ました。
今回の愛知県の浸水の被害のニュースを聞いてこの 「伊勢湾台風の記憶」を思い出しました。

「伊勢湾台風」というのは、昭和34年9月のことだそうです。
つまり、わたしはその時、ちょうど3才でした。

調べますと、その時、台風の通過とともに3.5mもの高潮 (台風や発達した低気圧により、海面の吸い上げと風による吹き寄せで、海面が異常に高くなる現象) が伊勢湾に発生したそうです。 10分間に30cmの割合で潮位が上昇し、名古屋港では5.81mという最高位を記録したということです。
そして、その最高位を記録した海水は5mの堤防を超え、いろいろな場所で堤防が決壊したのでした。
死者5千人の大災害でした。

わたしには、その「伊勢湾台風の夜」の記憶がなぜか?あるのです。

当時住んでいた家は、昔のことで木のガラス戸に木の雨戸という窓のつくりでした。 台風が来る前には、外から板で釘づけして雨戸を固定してしまっていました。

しかし、その日の台風はとても大きく、その雨戸ごと持っていかれる ほどのものすごい勢いでした。そこで、中のガラス戸をはずして、 その雨戸を大人3人(父、母、父の妹)がずーと飛んでいかないように一晩中押さえて いました。(手で持って飛ばないようにしていました)

これをハッキリと覚えているのです。
その時の風雨と雨戸の飛びそうな様子。部屋の裸電球や布団が重ねて置いてある様子などを。

この時の、家族の必死の様子を映画でも、見るように記憶として残っているのです。
なんでかな?ちょっと変ですよね。そんな小さいときの記憶があるなんてね。

もしかすると、3才のそのときの実際の記憶ではなく、 その後、「そんな様子だった」と家族の誰かから聞いてそれを記憶として 残っているのかもしれません。

そんなに大きな台風でしたが、 わたしは妙にはしゃいで、必死で雨戸を押さえている父に怒られていたと記憶しています。
それで泣いて、祖母におんぶされてそのまま眠ってしまいました。

とにかく我が家は、家族が必死で雨戸を押さえて吹き飛ばされるのを防ぎました。 もし、そのまま雨戸を持っていかれたら、突風が家に入ってほかの戸も飛んで行ったと思われます。 へたすると屋根までも飛んだかもしれません。

次の日に母親は小学校の教員をしていたので、自転車で勤務していた学校まで 駆けつけました。行く途中に何人も亡くなられた方を見たということです。

郵便局の20世紀シリーズの記念切手の第12集か?13集?に 伊勢湾台風の図柄の切手があります。わたしはその前の第11集に「ゴジラ」が載っていたので買いました。

しかしねぇ、「伊勢湾台風の切手」を貼って手紙もらったら相手から「何か含みがある」かな? って考えちゃいますよね。いくら昭和を代表する出来事とはいえ、実際に使う切手としてはチョットね。 よっぽど親しい人か何か意味ないと使えないよね。