野茂の手



「あの色紙って、まだあるかな?」

わたしは、目の前に座っているYくんに「その色紙」がまだあるかどうか?聞いてみた。

時は、1995年。

近鉄にいた野茂英雄投手がたった一人で大リーグにデビューして三振の山を築き”トルネード旋風”吹き荒れる、
野茂絶好調の”その時”だった。
それまで、大リーグと日本の野球とは、大人と子供ほどの差があるとみんなが思っていた。 それを覆してみせた野茂はまさに”パイオニア”そのものであった。名前のとおり英雄である。
そしてその年、野茂は、大リーグのオールスターにも選ばれ、ついには「ナイキの世界CM」にも出演したのである。

一方その頃、テレビ東京の「なんでも鑑定団」という番組が好視聴率をマークし、この番組にもいわゆる「スポーツ選手もの」がちらほら登場してきたころでもあった。
たしか、カール・ルイスのためにつくられたミズノ?の専用のシューズを漫才のオール阪神巨人の巨人さんが持って登場し、ビックリするような高い値段がついたのを覚えている。

そんな頃、わたしも含めてその時に関係者の頭に浮かんだのは、この色紙の存在である。

これは単なる「手型サイン入り色紙」だが、当時”世界的に旬だった野茂”の”生まれて初めて出た広告”に使われた色紙という点が「ポイント」なのである。 野茂がまだアマチュアから、近鉄入団を決めた直後、実際には、その年のプロ野球の開幕前ぐらいの時にある商品を宣伝するために、 大きな手の中にその商品を置いて”小ささ”を強調した。
”キャッチコピー”は、たしか「野茂の手」だったと思う。

「その色紙」とは、その雑誌広告を作った時に原稿として使った「野茂の手型の色紙」である。(もちろんサイン入り)

その広告の原稿として何枚も色紙にバンバン押してもらい一番格好のいいのを選んだのである。
つまり野茂は、この広告からスタートして、”ナイキの世界CM”まで登りつめたのである。

う〜ん、売りとしては、いいですねぇ〜。

だから、その原稿のサイン入り色紙+広告掲載雑誌のスクラップとともにあのスキンヘッドのスポーツものの鑑定士さんのところに”今、この時期に持っていけば”絶対に価値があるはずだ!
「お宝のスポーツもの → 以前野茂の雑誌広告をやった → たしか色紙があった」 という連想が関係者の頭の中を駆け巡ったのは、当然と言えば当然であった。


記憶はさらにさかのぼり撮影の日、Yくんが担当者として立会い、たくさんの手型の色紙をかかえて、 撮影の後に会社に戻ってきた。 その中の何枚かは、もちろん直筆のサインが入っている。

「この野茂選手の色紙いりませんか?」と当時の回りの人たちに聞いて回った。

しっかしぃ〜・・・。
その当時、野球選手、それもいくら「大物ルーキー」とはいえ、 入団したばかりの選手のサインです。
もらわなかった自分を責められません。
「サイン?いらないよぅ〜」
「アイドルのサインだったら良かったのにぃ〜」 などと言って誰ももらわなかったと思う。

わたしもそのように「はっきり返答した」覚えがある。 だからこそ、野茂の直筆のサイン色紙の存在を知っていたのだ。


「だって、あの時、深谷さんも、そんなのいらないって言ったじゃないですか!」
「うん、たしかに言った」
「でも、1枚ぐらい残ってるだろう?あんなにたくさんあったんだから」
「いえ、全部処分しました」
「ほ…?、ほんとか?本当に?本当?嘘言ってない??」
「ハイ、神に誓って本当です!」
「じゃ、ほかの関係者にも当たってみろ」

Yくんは、電話しましたが、・・・・もちろん、返事は、「ありません」です。 もし、持っていたとしても「ありません」ですよね。
→当然です。

う〜ん、この時に思ったのでした。 やっぱし、「お宝」を持てる人とは、「蔵」がないと駄目なんだ。
その時、その時代には、「無駄」と思えるものもなんでもかんでも”とりあえず”とっておける「蔵」が家にないと・・・。

野茂は、その後毎年活躍し、今期も12勝。 大リーグで通算50勝以上をマークしてなおもFAで現役にこだわりつづけるその姿に心から尊敬の気持ちを持っています。貴重なものを残しておかなくてゴメンネ。 自分の眼力のなさに落胆し、反省しています。でも、しょうがないよね。その時の判断は。