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「おう!」
呼び出しを受け、一階の応接のロビーに行くと声を出して手を上げた方がいらっしゃった。
おおぉ・・・!これはこれは懐かしい札幌のアイベアー部長である。
アイベアーさんは、関係会社の部長である。わたしは札幌時代にたいへん可愛がっていただき、深くお付き合い頂いた。
最初にお会いした時の印象は「度胸千両業界の方だ!」でした。ですから地方都市の
所長をされていたが「ここの営業所にはできるだけ巡回しないようにしよっと!」がその第一印象からのわたしの偽らざる感想でした。(ゴメンナサイね)
ところが、それから何かのきっかけで非常に親しくお付き合い頂くこととなり、アイベアー部長とはよく飲んで頂いた。
アイベアー部長は、うちのグループが不得意(出入り禁止等)な店に独特の営業力で付き合いを続けていたりして、
難しい店ほど得意のような気がした。
しかし、わたしは絶対に部下にはなりたくないと思っていた。
もし出向して部下になったらどうしよう。酔っ払って失礼なこと結構していたわたしは正直言ってビビッていた。
さて、話はアイベアー部長がA市から札幌に単身赴任していた時のお話です。
A市は寒暖の差が60度にもなる(+30度から−30度)北海道の真ん中に位置する30万人都市です。
絶妙のタイミングで登場の次長さまといつものように仕入れをしていただけない売り込みの話が終了して
”次の店で絶対売るぞ!”と思って席を立ったその時、なにか企んでいるのがすぐに分かる声でおっしゃいました。
「あ、深谷くん、2週間後の日曜日は休日出勤の準備しといてね」
「は??何かあるのでしょうか?」
「うん、今度ね、この街で全日本ゲートボール大会が開催されることになってね。
出場チームの集合写真をうちが撮影することになったのよ」
「ゲートボール大会の集合写真?あのぉー、申し上げておきますがー、ご商売で撮影になるのに
わたしの写真では使えませんよ。もちろん失敗しても責任を負いかねます」ときっぱり。
「もちろん、あんたなんかに写真撮れなんて言うはずないじゃん」
「広い会場だからね、撮影で全員出払った時に店番がいないとこまるじゃん」(あまりといえばあまりの休日出勤の要請である)
「わかりましたが、弊社とはまったく関係ないお話しかと存じます」
「それとちょうどその日は祖母の法事がありまして名古屋に帰省します」(とっさの超へたな嘘)
「そんなすぐわかる嘘言ってもだめだよ〜ん」
「実はそうくると思ってね。アイベアーさんに電話したのよ。
前の日の土曜日から入って三六街(さんろくがい)で飲んで、次の日ゆっくり帰ればって言ったんだよね。そしたら、深谷が行くんだったら行くっていうんで、必ず来るとハッキリ言っといたぜぃ」
「・・・・・! それって、だましって奴でしょう!?」
アイベアーさんが来るのでは、しかたありません。また、無為な「人生の一日を浪費する」休日出勤が決まりました。
そして全日本ゲートボール大会の前の日の土曜日からA市に入り、次長とアイベアーさんと3人で恒例により
お酒を飲みました。
1軒目終了時に「わたしたち、きょうはこれで帰りますからぁー!!」と2人で声を揃えての大合唱。
明日仕事だし、みんなで早く帰りましょう!と打ち合わせ通りに嘘ついて、いつものようにぐだぐだ言っている次長さまを無理やりタクシーに蹴り込んで帰宅させて
「さぁー、もう一軒いくぞー!」と2人ともエンジン全開であります。
ギアチェンジ完了でハイトップ状態で、もう一軒か二軒はしごしました。わーい!!わーい!!と、いつものようにどんちゃん騒ぎでその日は楽しくわたしはホテルに、アイベアー部長はご自宅にお帰りになられました。
次の日、全日本ゲートボール選手権の会場に行ってみますと
すでにアイベアーさんが、本部のテントに来ていてオトナシク座られているではありませんか。
「おはようございます。はやいですね」
「・・・・・・」
「どうかしましたか?元気がないですね。やっぱ二日酔いですか?」
「・・・・・・」
「具合が悪いのでしたらお帰りになられたら・・・」
そこで初めてお話になられました。
「背広捜索隊を結成する」
「は?、なんのことでしょ??」
「今日朝起きたら背広の上着がないんだよぉー!」
「じゃ、お店に忘れたんでしょ。背広の上着なんかなくなりませんよ。お金がたくさん入ってたんですか?」
「いや、背広も財布も問題じゃない!」
「じゃ、何が問題なんです?」
「鍵が背広に入ってたってことが問題なんだ!」
「鍵って、どこの鍵でしょう?」
「会社の倉庫の鍵だ。これがなくなってしまったということは非常にまずい」
「俺の責任問題に発展するのだ」(日頃、怒鳴りまくって怒ってるので、部下に激しく逆襲にあうっていうことなんだろうなぁー)
「はぁ、そうですか。単に鍵屋さんを呼んで開けてもらえばOKと思いますが・・・」「で、わたしに、どうしろとおっしゃるのでしょうか?」
「昨日行ったスナックのママには電話した」
「ないって、言われた」
「問題は、タクシーの中に忘れたかどうかだ!」
「最後にタクシーに乗った時に、俺が上着を着てたか?どうか?覚えてるか?重要なことなんだ思い出してくれー!」
「うーーーーーーーん???」
一生懸命わたしは、思い出そうとしました。しかぁーし、黒っぽかったと言われれば黒っぽかったと言えるしぃ〜、
白のYシャツだけだったと言われれば、白かなぁー。うーん、やっぱわかんないなぁー。ぼくちんはー。
全然答えにも何もなっていないのであります。黒かったか、白かったかも覚えていない。
「うーん、やっぱ深谷の記憶をあてにした俺が馬鹿だった」
「じゃ、タクシーの運転手を当ってくれーっ!
俺は酔った時は、いつも同じ運転手を指名するんだ。俺のうちがどこにあるか知ってる運転手だ」
きのうの夜だまされて帰ってしまった次長が頼まれてしかたなくタクシー会社に電話しました。
「昨日はその者ははお休みを戴いておりまして、運転しておりません。」
うーん、これは困りました。でも、ほんとは本人以外は実はぜんぜん切迫感なし。
まぁ、自業自得ってやつでしょ。・・・と次長とわたしは思ってました。
もう酒は止めた!
おおぉ・・!さすがに今回のは応えたとみえる。
帰りの札幌までの特急の1時間半、反省の弁しきりでありました。
これで当分、オトナシクされるに違いない。
しかし、札幌駅の改札を出た瞬間。
「やっぱ、ちょっと行こう」
「えー!いま電車の中で1時間半も反省してたじゃないですか」
「うん、だから。だから、きょうは気持ちに区切りを付けるために
ススキノまで行かなくってもいいから」
ということでJR札幌駅の地下街の居酒屋へ。
日曜日の5時前ですから、お客さんはほかに誰もいません。
まぁ、ビールを頼んでぼちぼち話していましたが、
さすがにいつもの調子が出ません。
「うーん、俺が悪かった。きょうは解散しよう」
と1時間も経たないうちに解散命令が出ました。
おぅ、ラッキー。
早く帰って寝よっと。明日は月曜日だかんね。
そして、次の日の月曜日の午前中に電話が。
「おう、深谷、発見した。とうとう分かったぞ」
「えっ!良かったですね。どこにありましたか?」
「それがな、やっぱしスナックにあったんだ」
「どうも、酔っ払ってママのおっぱい触ったのがまずかったらしい。
覚えていないんだけどな。それで帰りに背広を最初から着てなかったって
嘘ついたっていうんだ」
「とんでもない奴だ。思いっきり怒ってやった」(とんでもないのはあなたでは)
「そうですか。じゃ、例のものも無事で?」
「うん、もちろんよ。よかったよ。
ということで今日、ススキノで背広捜索隊のご苦労さん会を開催する」
「えー、ちょっと休んだほうがいいですよー」
「そっかー。じゃ、一軒だけね」
「すすきの東急インのロビーに7時」
「分かりました。じゃ、ほんとに1軒だけですよ」
この場合の「1軒だけ」とはもちろん口だけです。いつもタクシーで帰宅は”鉄の掟”です。
今宵も”懲りないあなた”とススキノへ。でも、毎回楽しかったなぁー。
大先輩に対して失礼ですが「酒のみ仲間」の中で、最も飲んで楽しい方ですので喜んでお付き合いさせていただきました。
また、ススキノへ行った時にいっしょに飲んで下さいね。帰りに背広の「あり・なし」のチェックだけはしっかりわたしが担当させて頂きますから。
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