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わたしの代(1980年卒業)と1つ下の代(1981年卒業)の合同となったので、都合のつかない人も何人かいたが、 結局参加者は、子供も含めて15名という大盛況の宴会となった。 20年ぶりで再会した人もいて、たいへん楽しかった。 午後1:00から食事をして、 喫茶店の2次会をお開きにして関内駅に向かって歩き出したのは、4:30過ぎたころであった。 久しぶりの人が多いので「いくら話ても話足りない」感じである。やっぱ「お泊り」にしないと駄目ねぇ〜、などとつぶやく人もいた。 しかし、このメンバーは、ほとんど年をとらない。 不思議だ?なんでかな?
なんで、みんな20年前と同じ顔してるの?髪の毛もふさふさの人がほとんど。 こうして1つ下の代の仲間と会ってみんなの顔を見ているとどうしても、
地元の国立大学を受かったが蹴って東京にきたと言っていた。
同窓会に参加していたもう一人のUくんもまったく同じようにして東京に出てきていた。
ふたりは福岡高校の同級生である。 「髭づらの彼」に最後に会ったときの場面を わたしは今もはっきりと覚えている。 学生時代、今は広島に住んでいるこのサークルの同級生の久野くんがこの「れいちゃん」という焼き鳥屋の常連だった。
その時わたしは、すでに就職しており、独りで学生時代に毎日のように通っていた「れいちゃん」に ひょっこり新宿から飲みに行った。そこに彼が、やはりひょっこり一人で現れた。 「おおぉ・・!久しぶりだなぁ〜!」 ということでいっしょに飲んだのである。 季節は秋であったと思う。その頃は秋が就職戦線まっさかりの時代だった。
その年、彼は夏休みに一人でインドに旅行に行っていてほとんど就職試験の準備をしておらず、
やはり出遅れたんだと思う。 その時彼は、どこからも内定をもらっていなかったが、こんなことを言っていた。 「深谷さん、男と生まれたからには社会に出たら何かでっかいことやりたいですね」
その時、就職して、いきなりまったく環境のちがう「応援団」株式会社に出向させられて肉体的にも精神的にも ぼろぼろでしんどかったわたしは、相づちは打ったものの「そういってもね。現実は・・・」などと ほんとは思って聞いていた。 もうひとつ彼について覚えているのは、彼から薦められた本を2回繰り返し読んだことである。 その時だったか?以前の話だったか?忘れたが自分の読んだ本で最も感動したものは何か?という話題になったときに わたしは自分がなにを挙げたのか完全に忘れたが、彼が推薦した本は決して忘れることはない。 それは、
「深谷さん、この本は、ほんとにいいですよ。ぜひ、読んでみてください」
わたしは同じ本を2回読むということをほとんどしないが、この「孤高の人」だけは、
2回読んだ。2回目はほんとは途中で1度読んだことを思い出したが、
面白いのでそのまま一気に読み終えた。
この本の主人公の生き方と彼が、ちょっとダブるのである。 登山靴の似合うこの後輩の風貌は、あご髭をたくわえた「優しそうな熊さん」だった。 そしてその一ヶ月後、最後に残ったD社から、見事内定をもらった。
そしてその後二度と会うことなく、彼の訃報を聞いた。 5年前の冬、突然肺ガンで亡くなった。年末もだいぶ押し迫ってのことだったと思う。 今回の同窓会で知ったのだが、三宮で葬式があったそうだ。 そして、年が明けて1ヶ月後の1月17日に阪神淡路大震災で その葬式の後に仲間が帰りに立ち寄って話をした喫茶店もみな何もかも完全に倒壊したという。 D社の平均寿命はOBを含めて62〜63才だそうだ。日本人の平均よりも20才も若い。
あの時、れいちゃんで言っていた「何かでっかいことやりたい」っていうの実現できたのかな? 「できたんだよね?」 同窓会の帰り道、20年前のままの笑顔の彼の顔を思い出した。
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