”雪祭り”前日の救急車



札幌にわたしは6年半ほど住んでいました。楽しかったですが痛い思い出もありました。

その日は、明日から開催される”サッポロ雪祭り”の売店の準備を大通り公園会場と真駒内会場ですべて 完了し、気分が完全に高揚していました。 同僚の2人とともに地下鉄東西線の最終駅の近くのダイエーの中にあるお店にあるものを届けるために そのダイエーの裏の道に車を停めました。

気分が高揚しているわたしは、2人を残し、
「すぐ戻るから、待ってて!」と言い捨て、
夏のつもりでダッシュしてしまったのでした。

このダイエーの横の道は、寒風に吹きすさんで完全にカチンカチンの氷になっていたのでした。 そして、その上に昨日降った雪がうっすらと積もっていたのでした。 この雪をみて圧雪状態と勘違いして”夏のように”そして”100メートル競争”のように駆け出してしまったわたしを 責められません。履いていた靴は、リーガルの冬仕様の革靴でした。(底がキャタピラーみたになっている)

その時、同僚A氏の証言によりますと車の中でバックミラーにうつるわたしが倒れた瞬間を目撃し、
「とおるちゃんが、転んで足が絶対普通じゃ曲がらない方向にまがって倒れた!」
ということであります。

わたし自身は、何が起こったのか?わからず?? ただ、ただ、起き上がることができませんでした。 つまり、氷の上に腹ばいになったまま、 「ううぅ・・・、」などとうめいておりました。

大変だ!ということで、車の中にいた2人が助けに来てくれたのですが、 先に救急車ということで、A氏とH氏は走り回ってくれたのでした。

そんでもって、そのダイエーの前に亀のようになって一人腹ばいになってうめいておりますと 買い物帰りの主婦の方が一人、目の前の病院を指差して
「あなたも大変ね。でも、あそこの病院には入らないほうがいいわよ。頑張りなさいよ」
などと見ず知らずのわたしに声をかけてくださいました。
「あ・・・、ありがとうございます」

そして、 もう一人、やはり主婦の方が、
「あなた病院行くでしょ?でも、あの病院には絶対に行っちゃだめよ」
あろうことか、わたしが倒れていたわずかの時間に2人の主婦から貴重なアドバイスがありました。 痛いのも忘れて、ふたりのアドバイスを反芻しておりました。

いったい、そんなこと言われるあの病院って何者なんだ?

ピーポ〜、ピーポ〜、ピーポ〜〜。そこに救急車が到着しました。

救急隊の方が、
「近くの病院でよろしいですか?」とおっしゃるので、
わたしはハッキリと

「あの近くの病院だけは止めてください」

と申し上げました。
「了解しました。少し時間がかかりますが、我慢してください!!」

それから、後輩のH氏が救急車に同乗して大通りにある”北辰病院”に連れて行ってくれました。 実は、雪の札幌は、道路がガタガタで救急車も上下にボンボン震動します。
救急車は、スピードが身上ですから氷の轍でボンボン揺れます。
そのだびに

「ぎゃーあぁ・・・、い、痛いよう〜!!」と叫んでおりました。

「チョット揺れるかもしれませんが、すぐ着きますからがまんしてください」という救急隊の方の声を頼りに痛さをこらえました。 時間がとても長く感じました。
また普通では経験できない「信号機に赤で突っ込むスリル」も同時に味わわせていただきました。
後輩のH氏は、「いやぁ〜、いい経験しました」などとコメントしていました。

今まで、骨折はおろか、ねんざの経験もなかったわたしは、 これは、「ねんざのひどいヤツ」だろうと思ってました。 なぜならば、足の指先が動いたので。骨折するとぶらぶらになって指など動かないと勝手に思っていたのでした。

レントゲンを撮影して、先生の一言
「よくこんなにひどく、折れましたねぇ」
「え・・、骨折ですか!」
「そうです。骨折です。それも複雑骨折ですね。これは」
「ということは、入院するんでしょうか?」
「もちろんです。入院して手術です」
「あのぅ・・、どのくらいの日数かかるんでしょうか?」
「そうですね。とりあえず3ヶ月ぐらいかな」
「・・・・」
わたしは、ひどいねんざだとばっかり思っていたので、 3ヶ月の入院、そして手術は、ショックでした。痛さよりもショックで顔面蒼白状態。

しかし、あの氷の道で倒れていたわたしに声をかけてくれた 主婦の方ふたりには、感謝しております。 その「行っちゃ駄目よ」病院は、「一度入ったらなかなか出してもらえないので有名な病院」 と入院生活していて入院患者さん仲間から噂に聞きました。
「行っちゃ駄目よ」病院として、とっても有名だそうです。

そして、たまたま救急車が運んでくれた”北辰病院”では、 天下の名医K先生が、わたしの執刀をしてくださいました。 先生をして1時間半の手術で現在はまったくなんともなく歩けます。 もし、その「行っちゃ駄目よ」病院に入っていたらと思うとゾッとします。

この北辰病院(現在は、東札幌に移転して近代的な施設の社会保険病院?名前わかりません) では、8人部屋だったんですが、やっぱしいろいろな病院から流れてきている人がいました。 つまり、前の病院の手術が失敗(わたしがレントゲンを見てもわかるほどの失敗)した 人がこのK先生を頼ってくるのです。

そうして、何とか先生に手術をしてくれるようお願いするのです。
しかし、ここが難しいところですが、他人が一度失敗してしまった手術を別の先生が再手術を するということは、絶対にやりたくないことのようです。 通常ですと、もう一度、前の先生にやり直してもらわなければいけません。

それは、「最後の執刀者」が全部の責任を負うことになるからです。
前の失敗を含めて、「最後の執刀者」の責任になりますから。
そこをなんとか泣いてお願いして、念書を書いて再手術をしてもらっている方いらっしゃいました。

わたしは、ラッキーでした。札幌の名医K先生、ありがとうございました。それ以降は、絶対に雪道で 走ったりなんかせず、「ペンギン歩き」を確実に実行して無事に札幌赴任を終了したのでした。