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画 家 |
主 な 作 品 |
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カスパール・D・フリードリッヒ

Germany; 1774−1840
特集 独逸浪漫派
カスパー・ダヴィッド・
フリードリヒ
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フリードリッヒ(フリードリヒ)
Germany; 1774−1840
ロマン主義は19世紀の芸術であり、その想像力と神秘の昏い領域に足を踏み入れた作品群はわれわれの魂に呼びかけるものがある。フリードリッヒはそうした作家の一人であり、そこには『死』が濃厚に漂っている。しかし、観るものにとって不思議に安らぎのようなものを覚えるのは私だけであろうか。
フリードリッヒは『死』を描いたのではない。天と地の調和と均衡を、死と生の狭間を、そして死からの再生を祈り描いたのではあるまいか。
画家はの前に見える対象だけを描くべきではない、画家は己自身の内奥をも描かなければならぬ。もし画家にして内奥に何一つ描く対象がなければ、その時彼は眼前の対象を描くのを止めて、筆を折るべきであろう。
by フリードリッヒ
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ダンテ・ガブリエル・ロセッティ

England;1828−1882
常設 『ロセッティ展』へ |
ロセッティ
England;1828−1882
ロセッティは、イギリスのヴィクトリア王朝期の美術に革新をもたらした。彼は、いわゆるラファエル前派の象徴主義画家であり詩人でもある。彼は緻密な自然描写に加え、独特の色彩感性により官能的、かつ神秘的な女性像を配した。そこには画家の美意識が窺われ、19世紀後半の世紀末の憂愁と頽廃美がある。
ロセッティの中世趣味と女性像はエドワード・バーン・ジョーンズらに引き継がれた。
私はオタワのガラス張りの美術館で、こんなところにあるとは思ってもみなかった彼の作品に対峙したとき、一種の震えを感じたものだ。
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エドワード・バーン・ジョーンズ

England;1838-1898
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エドワード・バーン・ジョーンズ
England;1838-1898
エドワード・バーン・ジョーンズは、ロセッティの影響を受け画家を志した。彼の絵にはロセッティの影響が色濃く窺われるが、ロセッティにも増して一層幻想的な作品となっている。
バーン・ジョーンズは、神話的世界に男と女の根源的無意識を封じ込めた。
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ルネ・マグリット

Belgium;1898−1967
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マグリット
Belgium;1898−1967
マグリットは、1924年、詩人ブルトンの「シュールレアリスム宣言」に始まったシュールレアリスム運動参加者の一人であり、ダリ、エルンスト、キリコ、デルボー、エッシャーなどがいる。
「ものというものは、その名称あるいはそのイメージと決して同じ役目をしないものである。ものとそれを著しているものとの間には、ほとんど何の関係もないと考えていいようだ。・・・言葉と言うのは、しばしばその言葉自体を示すのに役立つだけである。
by ルネ・マグリット
ルネ・マグリットの作品の本質を示す言葉である。彼は、名づけられたもの、目に見えるものが、その名づけられたもの、目に見えるものだけのものを意味しないのではないか。ひょっとしたら名づけられたもの以外の用途もあり、名づけられた以上の使い道があるかもしれない。また、目に見えるものは、ものの表見的な面だけを見ており、見えない影の部分の本質と、目に見えている部分の本質が同一のものなのかという疑問に基づいている。
つまり彼は、常識という曖昧な言葉に囚われることなく、常識の裏側を探ろうとしたのだ。そして、常識という固定観念を拭い去って、われわれの前に提示してみせたのである。
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サルバドール・ダリ

Spain;1904-1989 |
ダ リ
Spain;1904-1989
ダリはシュールレアリスムの巨匠と言ってもいいだろう。彼は、フロイトの影響を強く受けており、描く絵はいずれも夢のモンタージュのようだ。しかし、ただの夢のモンタージュに終わっていない。『記憶の固執』の柔らかい時計は、われわれの直線的な時間観念そのものを根底から打ち崩すとともに、われわれの意識下に、固定観念の打破を訴える。
ダリはまた、ブニュエル監督『アンダルシアの犬』、ヒッチコック監督『白い恐怖』等の映画制作にも参加しており、その作品も興味深いものがある。
フランスのヌーヴォー・ロマンのロブ・グリエの作品に『消しゴムで書く』という小説があるが、まさに、ダリは幼少のころ、美術の時間に彫像をスケッチするわけだが、画用紙を鉛筆で真っ黒に塗りつぶしている彼を教師はとがめる。彼はそれをやめることなく、真っ黒に塗ったところで、今度は消しゴムで真っ黒な部分を消していくことによって彫像を描いた。そうして描かれたスケッチは、陰影のある立体感のあるものに仕上がったのである。
ただし、このエピソードは彼の伝記映画にあるシーンであり、その真否はわからないが、彼の天才性を表現するのにふさわしいエピソードとなっている。
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ジョルジオ・デ・キリコ

Italy;1888-1978 |
キリコ
Italy;1888-1978
キリコは、自分の作品を形而上絵画と称した。形而上とは、時間・空間の概念を超えた観念の領域である。それは形となって現れないものである。
キリコは『街の神秘と不安』において「人間の獏とした不安」を描いた。それは、楽しそうに輪を転がす少女が、この先何かに遭遇するのではないかという不安や予感を実態のわからない影を配置することによって描いたのである。
影は銃を持った兵士の影であり、内乱の予感にも見えるともいわれている。
耳で聞くものには価値がない、価値があるのは両目で開いてみるもの。更に価値があるのは両目を閉じてみるものだ。
by キリコ
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マックス・エルンスト

Germany;1891-1976
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エルンスト
Germany;1891-1976
ドイツの画家エルンスト、ダリ、マグリットらと並ぶシュールレアリスムの代表作家である。彼は一時低迷していたが、キリコの作品に触発され、次々と作品を制作する。『ナイチンゲールに怯える二人の子供』はコラージュ(貼り付け)でできており、言いようのない不安が描かれている。また、『聖アントニウスの誘惑』は、映画監督のロルカが同題名で作品を募集したものであり、交友があったせいかシュールレアリストらの作家がこぞって出品した。そして、エルンストが優勝している。ダリも作品を出品(ダリ特集参照)したが、落選したらしい。彼は多彩な作家であり、『百頭女』などの物語りめいた連版画等も製作している。また、彼の描く絵は、ごらんのとおり人間も都市も森も石化した世界であり、不思議な神秘性を醸し出している。
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ポール・デルボー

Belgium;1897-1994
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デルボー
Belgium;1897-1994
デルボーが描くのは、夢幻的静寂とエロチシズムであり、『シレーヌの村』では夢の中の光景のように同じ姿かたちをした女性が海辺にまで無限に続いていくのではないかと思わせ、『見捨てられて』のように正確さを持たない遠近法が、逆に幻想性を持たせている。彼の描く女性は生身の女性ではあるまい。肉体の実感がもてるのは登場する男だけかもしれない。ニンフのごとき彼女らは静寂とともにあり、その静寂を遮ることはない。
『海辺の夜』の彼女らもまた物静かであり、この絵からは、さざなみだけ聞こえてくるように感じられる。
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ジョン・エヴァレット・ミレイ

England;1829-1896
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ミレイ
England;1829-1896
ロセッティとともに、19世紀後半ヴィクトリア時代のイギリス美術に一つの改革をもたらしたラファエル前派の代表的な画家。細密克明な自然描写と甘美な女性像を組み合わせた、その鮮烈な絵は多くの人々を惹きつけた。(美術手帖・1977.1月号より)
オフィーリアのモデルは、ロセッティの妻となるエリザベス・シダルであり、ラファエル前派の画家たちに人気のあったモデルだったが、病弱であったためか、自殺を図ったのかわからないが、睡眠薬の常用のし過ぎで32歳の若さで他界した。
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ギュスターヴ・モロー

France;1826-98 |
モロー
France;1826-98
モローは、異教的な神話や伝説を主題に、冷たいエロティシズムと倒錯的な美の世界を描き、世紀末のデカダンスと象徴主義絵画の代表者となったフランスの画家である。印象主義と自然主義の芸術が主流であった19世紀の後半に、反時代的ともいえる密室的な幻視の世界に閉じこもり、逆に時代の精神的雰囲気をみごとに表現した。1881年以降美術学校の教授として勤めた。彼の門下生には、マチスやルオーがいる。(美術手帖・1977.1月号より)
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グスタフ・クリムト

Austria; 1862-1918 |
クリムト
Austria; 1862-1918
クリムトは官能美を追究した象徴派の画家である。彼の描く女性は官能的でありながら淡くその存在を誇張しない。逆に、女性らのまとう装飾に生命をあたえ、まるで装飾に抱擁されているようである。ちなみに『ユディット1』の女性は断首刑になったもので、首に巻かれている大きな首輪により、それを象徴的に描いたと言われている。
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ヒエロニムス・ボシュ
Hieronymus Bosch

Holland; about 1450-1516
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ボシュ(ボス、ボッス)
Holland; about 1450-1516
オランダの画家ボシュ、彼の描く世界は一見天国と地獄の世界を描いているようにみえるが、人間の無意識の世界を描いた作家といえよう。その描写力は繊細であり、このページでは細部がみえないのが残念である。彼の絵はダリなどのシュールレアリズムの画家たちにも大きな影響を与えたことがうかがい知れる。
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M・C・エッシャー

Dutch;1898−1972
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エッシャー
Dutch;1898−1972
エッシャーの描く絵は平面上の立体である。レプタイルの蜥蜴は、平面の紙から抜け出て生を持ち、そしてまた平面の紙に戻る。それは、生と死の無限の繰り返しのようにもみえる。彼の絵はだまし絵に違いないが、観るものにある種の感覚を呼びおこす。それは発想の原点やものの見方への問いかけかもしれない。
エッシャーは言う、「平らな紙面の統一を破ろうと筆を走らせたら、そこに著しい誇張が引き起こせるだろう。とはいうものの、この結果も永遠に平らなままの紙に過ぎぬ。結果はゼロだ」と。自己を否定するような冷酷な言葉だが、いくら絵を描いても誰にも感情を呼び起こせないような絵は、ただの紙あるいはカンバスに違いないのだ。
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ヘンリー・フューズリー(フュスリ)

Swiss; 1741-1825
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フューズリー
Swiss; 1741-1825
フューズリーは代表的なロマン主義の画家で、その空想的で幻想的な世界は、以後あらゆる人々に影響を与えた。『夢魔』はケン・ラッセル監督の映画、『ゴシック』の冒頭にも使われている。
彼の描く人間の無意識下の恐怖は、絵にもいえぬ恐ろしさが立ち込めている。
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ジャン・オーギュスト・ドミニク
アングル

France;1780-1867 |
アングル
France;1780-1867
アングルもロマン派と呼ばれる画家の一人である。彼は理性と静寂の画家と言ってもいいだろう。アングルには裸婦を描いたものが多いいが、そこにいやらしさはない。物静かで多くを語らない女性たち。アングルはこの裸婦らの曲線の美を描きたかったのだ。
ここに三点の作品を示したが、どれにも共通したものがある。「トルコ風呂」の後ろ向きで琵琶らしきものを弾いている裸婦は、「ヴァルパンソンの浴女」とほぼ同一であり、同じく「トルコ風呂」の左に立っている裸婦は、「オシアンの夢」の上部中央の兵士にもたれかかっている裸婦と似かよっている。
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ハンス・ホルバイン
Hans Holbein

Germany;1497−1543 |
ホルバイン
Germany;1497−1543
ホルバインは、ヘンリー8世(英国)の主席肖像画家で、知的探求、可能性、人間の幸福こそ最も重要なものとした人文主義的傾向のもとに絵を描いた。その精緻な描写力は、写真を思わせるほどのものであった。しかし、彼は肖像画家だけに終わらなかった。彼は絵に象徴性を持たせたのである。『大使たち』は一見ただの肖像画に観えるが、この絵には時間と死の匂いをカンバスという空間の中に封じ込めた。
画面からはよくわからないが、ホルバインは、まずこの絵に4月11日の午前10時30分という時間を日時計によって示し、左の人物の年齢を同右手に持っている短剣の鞘に刻み、右手の人物の年齢を同右腕の下にある本に示した。そして、若くして大使となっている〜全盛を誇っている〜彼らにもやがては、『死』が訪れることをほぼ真ん中にある楽器「リュート」の弦を切ることによって現し、更に彼らの手前には丁寧に髑髏まで描かれている。
そして彼の象徴性は、19世紀に現れるフューズリ、エドワード・バーン・ジョーンズ、ロセッティ、クリムトらの象徴主義の作家たちに、時を越えて受け継がれたのだった。
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ベラスケス

Spain;1599-1660 |
ベラスケス
Spain;1599-1660
この絵は私が知る限り、世界でも最大級の賛辞を受けている作品だろう。
かの、サルバトーレ・ダリは、『ラス・メニーナス』について、
「画面左側のひげのある男がベラスケス本人であり、ベラスケスが国王夫妻を描いて
いるシュチエーションになっている。この絵の視線は、国王夫妻の視線で捕らえられてお
り、画面中央部の鏡に国王夫妻が映っているのである。これは従来から遠近法ではなく
、観る人、描かれているたちの視線によって奥行きがあたえているのである。
画面下中央のマルガレータ皇女の視線は、逆に描かれているところにポーズをとって
いる視線にも見える。その上、この絵の登場人物たちの視線が、観てるものに注がれて
りる視線でもあるのである。こんな作品が、かつてあったろうか!」
と熱く語っていたダリのドキュメンタリーTVがあった。確かに、ダリの言葉に尽きる。この絵は多角的視線と奥行きをとらえた作品なのである。
参考までに、この絵画をモチーフにした『ベラスケスの女官たち』(1988・スペイン〜スペインのヌーヴェルバーグの作家 ハイメ・カミーノ監督)という映画もある。
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パブロ・ピカソ

Spain;1881-1973 |
ピカソ
Spain;1881-1973
20世紀美術界の巨人・ピカソ。彼のロートレック調の『青の時代』と呼ばれる作品群、そして『バラの時代(桃の時代とも呼ばれる)』の作品を知らない人には、セザンヌの影響を受けた彼の後期のキュービズム(立体派)の作品に理解が及ばないかもしれない。自然主義〜聖体拝領の白のこの上ない美しさ〜からキュービズムにたどり着いたピカソは、更に『変形』を試み、悲しみや、怒りを部分を強調することによって、より深い悲しみ等を描いてみせたのである。
一見、陳腐に観え、誰もが描けそうで描けないその作品の背景には、巨人のとてつもない思考が働いているのである。だから、『誰でもピカソ』にはなれないのである。
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エドワード・ホッパー

USA;1882−1967 |
ホッパー
USA;1882−1967
ホッパーは、この夢の美術館では異質の現代の作家である。彼はアメリカの光と陰を描いた。しかし印象派にみられるこの世を賛歌するような光と陰ではなく、そこにあるのは孤独の光と陰だ。
煌々と光の照らす店内にくらべ、男女の背後の風景は暗闇だけという『夜ふかしをする人たち』に描かれている人々は、男女の二人連れと一人の男、そして店員の四人である。
何かアンバランスでありながら、不思議な均衡を保っている。背中を向けて座っている一人の男の後姿は、あるいは二人連れの男の後姿のかもしれない。
お互い向き合うことも話し合うこともない男と女。客が少ないのに、おそらく客とコミュニケーションをはかるでもなく、慌しそうにしている店員。
けっして交じり合うことのない視線、いずれも、それぞれの孤独をあらわしているとは言えまいか。
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アメディオ・モディリアーニ
Italy; 1884-1920
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モディリアーニ
Italy; 1884-1920
エコール・ドゥ・パリとは、第一次世界大戦中期以降、パリのモンパルナスの一画に移り住んだ外国人画家たちの総称であるが、モディリアーニもその一人であった。
風景画や静物画を一切描かず、人物のみに執着し、混迷する社会に身をそむけてひたすら自己の内部に沈潜していったモディリアーニ。戦争という、安定の全面的な欠如と惨状のまっただなかにあって、人はどこに生きるべき目標を求め、どのようにして生きていくべきなのか模索し続けた画家でもある。
世に認められず、貧困のどん底で、酒におぼれ36歳の若さでこの世を去った。妻のジャンヌもモンパルナスの芸術家や庶民を上げての葬列のさなか、アパートの6階から身を投げてモディリアーニの後を追った。
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アルフォンズ・ミュシャ

France;1860-1939 |
ミュシャ
France;1860-1939
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マルク・シャガール
Russia; 1887-1985
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マルク・シャガール
Russia; 1887-1985
シャガールはロシアとポーランドの国境の町ヴィテブスクにユダヤ人を両親として生まれ、ユダヤ教徒に囲まれて育った。彼は神々との霊交の行われるこの町をこよなく愛した。
シャガールの幻想は、連想をこえたイメージではなく、常に幻想と非現実が抱合されたかたちで現れるが、そこには常に彼の郷愁が結びついている。彼の絵の中には空を飛ぶ若い男女、鶏、牛が混在して描かれる。それは人生の喜びの象徴でもあるが、後期にはファシズムの台頭による庶民の不安が、その牧歌的な絵の中に垣間見られるようになる。
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Maurice Utrillo
モーリス・ユトリロ

France;1883-1955
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モーリス・ユトリロ
France;1883-1955
ユトリロは、ルノアール、ドガ、ロートレックらのモデルであり、画家でもあった奔放な母親シュザンヌ・ヴァラドンの息子として、パリで生まれた。母親とは対照的に内気な彼は、少年時代から酒と孤独に身をやつし、アルコール中毒の対症療法として、独学でパリの街角を描きはじめたという。
私はあまり風景画だけの作品は好まないが、ユトリロの作品には小さいながらも街角をさすらう人物が登場する。そして、その孤独と哀愁がただよい、全編に静謐と詩情があふれる作品に、どことなく惹かれてしまうのである。
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Andy Warhol
アンディ・ウォーホル

USA;1928-1987
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アンディ・ウォーホル
USA;1928-1987
アメリカのポップアート・アーティストの旗手アンディ・ウォーホル。彼は1928年ペンシルバニア州ピッツバークにて、チェコ=スロヴァキアの移民の家庭に生まれる。体の弱い彼は家の中で過ごすことが多く、ラジオ、本、マンガの影響を受け、スーパーマン、ポパイ、バットマンに憧れたという。
ウォーホルはカーネギー工科大学を卒業後、商業アーティストとしての道を歩み始め、才能を認められてから、雑誌『ヴォーグ』のイラストやティファニーのウインドウ装飾などを手がけた。そして、34歳のころに写真をベースにするシルクスクリーンという手法を使いはじめ、コカ・コーラ、キャンベル・スープ、プレスリー、マリリンを制作するようになる。 難解な現代アートとは異なり、ウォーホルの作品はわかりやすく、多くの人々が彼の作品に共感を持った。また、映画監督もこなし、彼の『悪魔のはらわた』はカルト映画になっている。
1987年2月、心臓発作で急死するまで、ウォーホルは常にマスコミ、社交界の寵児だったのである。
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Egon Schiele
エゴン・シーレ

Austria;1890-1918 |
エゴン・シーレ
Austria;1890-1918
シーレの作品は、退廃的であり、淫靡なエロチシズムがただよう。そして、青春期の心理的不安や憧れのようなものが象徴的にこめられている。その画風は、クリムトの影響を強く受けていることを、彼の絵が歴然と物語る。彼は、当時モデルが少女であったことから、今で言う婦女暴行罪で告発され獄中生活を送った。しかし、その真否は謎のままである。
シーレの作品は、どこか目を背けたくなるところがあるが、一度見ると、その作品の強烈な印象が頭から離れることはない。彼は第一次大戦直後、ヨーロッパに流行したインフルエンザによって、28歳の若さで亡くなった。
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