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2003.8.16 OPEN






Caspar David
Friedrich
Germany 1774 -1840

                                                  


カスパー・ダヴィット・フリードリヒは、1774年9月5日、石鹸・蝋燭業を営む父の4男として、当時スウェーデン領のドイツの最北端・フォアポルメンのグライフスヴァルトにて生れた。北海を臨む当地は霧に閉ざされた暗い土地であるという。彼が13歳のころ、河でおぼれかかっているところを弟のクリストファーが助けようとして死ぬ。そのことが、後の彼のトラウマとなり、彼の生は弟の犠牲のもとにあると欝を嵩じて自殺を図ったことがあるという。幼年期における弟と母の死は、彼の人格形成に大きな影響を与えたことだろう。

1790年、彼は建築家のクヴィストルプからデッサンの基礎を学び、1794年から98年まで美術アカデミーに在籍した。彼がロマン主義に触れたのは27歳のころで、ロマン主義とは
18世紀から19世紀にかけて、ヨーロッパを中心に隆盛した文芸思潮に端を発したもので、情緒や自然の重視、超理性的なものや永遠に向かう傾向が見られる。
そして、
夢と現実、燃焼と冷却の相反する両極を天翔けり、幽冥の境をさまよう人間の昏い無意識の海に投じられた最初の錨でもあった。(坂崎乙郎)また、普遍的、理性的なものを理想とする古典主義に対立する思想として発展し、広く芸術・文学・哲学・宗教のあらゆる分野におよんだ。文学ではゲーテ、ホフマン、ワーズワース、ユーゴー、音楽ではベートーベン、シューベルト、マーラー、ワーグナー、美術では新古典主義に対する潮流としてジェリコー、ターナー、ドラクロワなどが輩出されている。(三省堂ブックシェルフより)

しかし、こうしたロマン主義はいつの世でも受け入れられたわけでなく、社会主義体制下では反動的だと言われ、第2次大戦後は、トーマス・マンによってナチズムの根源的原因だと断罪されたが、それは芸術を偏った知識でしか見ることのできない偏見であり誹謗に過ぎないだろう。

1810年、彼の『海辺の僧侶』、『樫の森の中の修道院』がプロイセン王室に買い上げられ、ベルリン美術アカデミーの在外会員となる。当時、ゲーテはロマン主義を病的だとして否定的に見ていたが、フリードリヒの絵の中の真実に心うたれ絶賛するようになる。

フリードリヒは、後にドレスデン・アカデミーで教鞭をとるが、46歳のとき、ドイツ解放戦争後のウィーン体制下において、かつての愛国者たちは反体制者とみなされ、その職を罷免される。

当時のドイツはまだ貧困の中にあり、彼もまた貧困と孤独と闘病の中で亡くなったとされる。死後、その名声は急速に消えてしまったが、20世紀になってノルウェーの美術史家であるアンドレアス・オーベールによって再発見され今に至っている。

                      

フリードリヒは、過去の様式や類型や主題にこだわることなく、宇宙と自然と人間が、ある均衡を保つ一瞬をとらえて作品にした。その想像力と神秘の昏い領域に足を踏み入れた作品群はわれわれの魂に呼びかけるものがある。フリードリッヒはそうした作家の一人であり、そこには『死』が濃厚に漂っている。

しかし、観る者にとって不思議に安らぎのようなものを覚える。フリードリッヒは、ただ単純に『死』を描いたのではない。天と地の調和と均衡を、死と生の狭間を、そして死からの再生を祈り、描いたのではあるまいか。

汝の肉体の目を閉じ、まず精神の目で汝の描こうとするイメージを見よ。しかるのち、汝が闇の中で見たものを明るみに出し、他人に対し、外面から内面へと遡って働きかけるようにせよ。

画家はの前に見える対象だけを描くべきではない、画家は己自身の内奥をも描かなければならぬ。もし画家にして内奥に何一つ描く対象がなければ、その時彼は眼前の対象を描くのを止めて、筆を折るべきであろう
                        by フリードリッヒ   


                            













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A Walk at Dusk
1830-35
Abbey in an Oak Forest
樫の森の修道院
1809
Village Landscape in the Morning Light
朝の田園風景(孤独な木)

1823









Memorial Monument to Goethe
1835
Seascape in the moonlight
1835
City at Moonrise
月の出の街
1817









Evening
一日の四つの時 夕べ
1824
Eldena Ruin
エルデナ修道院跡

1825
The Cross on the Mountain, Kunstmuseum at Dusseldorf 山中の十字架
1811









Morning
一日の四つの時 朝

1821
Arctic Shipwreck
希望号の難破(氷の海)
1823
Winter Landscape
冬景色
1811









Rocky Gorge
1823
Morning in the Riesengebirge
リーゼンゲビルゲの朝

1810
The Cathedral
カテドラル

1818








On board a Sailing Ship
帆船の上にて
1819
View from the Painter's Studio
アトリエの窓からの眺め
1805
Wanderer above the Sea of Fog
霧の海を見下ろす旅人
1818









Port by Moonlight
1811
Eldena Ruin
1808
Riesengebirge
リーゼンゲビルゲの風景
1835









Moon rising over Sea
海上の月の出
1821
Summer

1807
Moonrise at The Sea
1820









Monastery Graveyard in the Snow
雪の修道院墓地
1817-19
Monk by the Sea
海辺の僧侶
1809
Landscape with Oak Trees and a Hunter
樫木と猟師のいる風景
1811









Landscape on the Rugen near Putbus
虹のかかる山岳風景
1824
Large Enclosure、or、Largeness
エルベ河の夕暮れ(ドレスデン郊外の猟地)
1832
Woman in the morning sun
1810









Cemetery at Dusk
墓地の入口
1824-26
Hut in the Snow
1826
窓辺にて
1818









Tetschen Altar or Cross in the Mountains山上の十字架 テッチェン祭壇画
1808
Man and Woman Contemplating the Moon
月を眺める男女
1830-35
Woman on the Beach of R・en
リューゲン島の海辺の婦人
1818









The Tree of Crows
1822
Chalk Cliffs on Rugen
リューゲン島の白亜の断崖
1818-19
教会の墓地
1827-28









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