この国は殆ど移住者によって成り立っており、最近はインド人、中国人、イラン人の移住者が多いが、なんといってもまだヨーロッパからの移住者が大多数を占めている。したがってこの国の風俗習慣がヨーロッパ人たちのものに基づいていることは云うまでもない。
Easter(復活祭)もそのひとつで、祭日の日曜日の2日前の金曜日は“GoodFriday"と呼ばれて国の休日となっている。ほとんどのクリスチャンの祝日と同じく、復活祭は俗世化、商業化されてきているが、実は、復活祭はもともと異教徒のお祭りとして始まったものであるという。その経緯は次の通り。 |
昔のサクソン人たちは、子孫、春の神である「Eastre」の訪れをにぎやかに祝っていた。2世紀頃、クリスチャン宣教師たちが、異教徒のお祭りを行っていた北部の部族にであったとき、彼らをクリスチャンに転換しようと試みた。彼ら(宣教師)は内密の裡にその試みに成功した。しかし、初期のクリスチャン改宗者たちにとって、すでに存在していた祝典に一致しない祝日を祝うことは、彼らの自滅となる可能性もあった。そういうことにならないために、宣教師たちはうまく徐々に時間をかけて宗教の教えを人々の間に広げていったのである。彼ら異教徒者たちのお祭りを祝うことを許しながら。ただしクリスチャンの作法で。たまたまこの異教徒のEastreのお祭りは、クリスチャンのキリストの復活を祝う祭典と同じ時期に始まった。 |

こういう経緯からすれば、クリスチャン宣教師たちがこの祭典をクリスチャンのお祝いとして転換していったのも理解できる。初期の祭典名「Eastre」も、そのうち今使われている「Easter」に変わっていったのだという。この祭日はクリスマスほど大きな行事ではないが、家では七面鳥、ハム、他の肉の丸焼きをしたり、家の中に春の象徴の花を飾ったりして祭日を祝うことが慣わしになっている。また、街のあちこちの公園などでは、EggHuntといって、子供たちがEasterEggを見つけたり拾ったりする行事が行われる。 |
卵はウサギ(復活祭の象徴としての意味はドイツ人がアメリカに持ち込んだものらしい)とともに、キリスト教祝日、復活祭の象徴として知られている。人々の間で春に卵を交換するという習慣は、キリスト教が初めて復活祭を祝った時よりも、さらに何百年も前から行われてきていたものだったという。昔から卵は殆どの文化で「生まれ変わりの象徴」であり、昔の農民たちは、金箔で包んだり、いろいろな花や葉と一緒に煮ることによって卵に着色していたようだ。 |
祭日の日曜日には、近くの公園に子供たちがEggHuntをする光景を見に行った。
そこでは本物の着色した卵は無く、ウサギの衣装を着た人が地面にばらまくチョコレートの卵を子供たちが拾っていた。拾う者は1〜10歳と限界があったので、われわれは拾うことはできなかったが……。
かわいい小さな子供たちが、興奮して拾っている光景を見るだけでも見に行ったかいがあったというものだ。
このCabinでもRudyがヨーロッパで生まれ育っているので、習慣にならって、花を飾ったり、子羊の丸焼きを作ったりして春を祝った。 |
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