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サイクリング Mon, 24 Jun 2002 13:21
やっと初夏らしい気候になったので、久しぶりに自転車を持ち出してみサイクリングた。
このCabinのまわりは坂道ばかりで、もう若者ではない我々にとって、サイクリングに適した道とは言えない。そこで、Vanに自転車を載せて、近くの、坂がそう多くない山道に行くことにした。この道は、自転車に乗る人たちに人気のある場所で、駐車場から貯水池のあるところまで、11km続いている。車が全然通らないわけでもないが、交通量が少なく、谷間にある静かな道で、空気も良いところだ。もちろん途中に家は全然なく、みごとな緑、野生の花、あちこちにある小さな谷間をきれいな水が流れるのを楽しんだり、運がよければ鹿や熊を見かけることもできる。その証拠に、ゴミ箱も熊がひっくり返したりフタを開けられないようにしてある。このあたりで見かけことができるとしたら、それほど体の大きくない黒熊だろう。
道路脇の渓谷 動物から守るために頑丈に作られたゴミ箱
メーキャップした映画俳優
また、この道では、映画撮影の現場に行き会うこともしばしばだ。
この日は二箇所で撮影していた。それにしても、いつも思うことだが、撮影のためにどうしてあんなに沢山の道具やVanが必要なのだろう?この日は運良く映画に出演する、気持ちの悪いメイクアップをしたアクターに道路で出くわした。彼の話では、その日撮影していた映画の題名は“House of Death”だということだ。


この道の終点にあるは貯水池は、Vancouver周辺にある三つの貯水池のひとつだ。
映画撮影の機材を運ぶVan 貯水池
鮭の稚魚ダムのすぐ下には規模の小さな鮭の孵化場がある。写真の池には11,000匹の魚がおり、2001年の冬に孵化し、2003年の春に100グラムほどの魚で放流する予定だそうだ。放流前に、泳ぐのに不必要な小さなヒレを切り取っておくのだそうだ。それによって、オトナになった魚がこの孵化場からのものであることを確認するのだという。もっとも、この川に産卵のために戻ってくる魚は1%以下ということだが。
ダムからの水はSeymour川に流れ、このきれいな川で2人の若者が鱒釣りを楽しんでいた。
我々は小石の川辺で昼を食べ、きれいな景色を楽しみながら暖かいひざしのなかで昼休みをとったあと、帰りの自転車道を重労働しながら(?)帰った。
鱒釣りを楽しむ釣り人 Seymour川
誕生日祭り Mon, 3 Jun 2002 13:53
West Vancouver Turns Nine-Teaあっという間に6月になってしまった。
6月1日は、このCabinのあるNorthVancouverのとなり街、WestVancouverの90年目の“誕生日”で、海のそばにある公園で誕生日パーティーが行なわれた。ケーキとアイスティーは無料サービスで、あちこちに設営されたステージではダンスやコンサートのほか、子供用のロバ乗りや“タイカンドウ”のデモンストレーションまでしており、たくさんの人出でにぎやかなお祭りの雰囲気だった。
この地域はイギリス人の開拓地と言えるところで、HappyBirhdayのサインを見ても“Nine-tea”とイギリス人らしいユーモアをみることができた。
ダンス ダンス
子供用のロバ タイカンドウのデモ
WestVancouverのビーチちょうどこの日には天気も好くなり、やっと暖かくなった。公園の一部でもあるビーチには、あたたかい日差しを楽しむ人たちも大勢いた。
WestVancouverは、1971年に、あるスペイン人によって発見されが、翌年にキャプテンGeorgeVancouverが、カピラノ川口に住んでいた現地人と出会ったのが始まりということだ。
以来、現地人との取引が始まったが、WestVancouverは長期間発展することもなく、発見されたときのままだった。1890年の人口が、NorthとWestの両Vancouverを合わせても、わずか300人ほどだったということだから、ほとんど入植者も入らず、手つかずのままだったことがわかるね。
1912年、イギリスからの移住が始まり、初期には木材切り出し、魚のかん詰め工場、少量の百姓などが小人数の住民によって行なわれていた。この地の険しい地形と、Vancouverとの間に海があるため、工場施設などは発展しなかった。間もなくフェリーサービスが始まったが、道路ができたのは10年以上経ってからだった。1926年にこの地の将来計画で工場施設を禁止するとともに、住宅地の敷地を広くすることも決められた。1930年代に、自然美が豊富なこの地の魅力にイギリスの投資会社が興味をもち、BritishPacific不動産会社が何千アールもの土地をわずか$75,000(今の日本円だと600万円!!)で買ったとのこと。これが今ではBritishPropertiesとして知られている地域で、カナダでも一番贅沢な住宅地のひとつとなっている。
1938年にはVancouverとの間を結ぶLion'sGateBridgeという橋が完成、現在ではWestVancouverの人口は約43,000人になっている。Vancouverの最近の人口急増にもかかわらず、この街は“小さい町”の雰囲気をお祭りに集まったバグパイプの演奏者たち保っている。
最近、香港やイランからのお金持ちの移住者たちがBritishPropertiesの家を買っているようだが、いまだになんといってもイギリス系の住民が多く、この誕生日パーティーもいわゆるBritishの雰囲気が強い。
それでも、いつも行っているこの街にある散歩道では、最近、イラン系の人たちをずいぶん見るようになった。Vancouverの南部、Richmondという街では中国人移住者が急増して、街の特定の場所では道路の名札を中国語で書いたのを見ることもあるが、何十年、何百年と経ったら、“BritishProperties”も、そのうちに“IranianProperties”などと変わってしまうのだろうか?
雪解けの裏山 Thu, 16 May 2002 12:05
5月の積雪年が明けたと思うと、あっという間に5月になり、それももう半ばが過ぎてしまった。今年の春は例年にくらべて寒く、5月の6日にCabinのまわりが白くなったりした。チューリップの咲いている庭が白くなっているのは奇妙な光景だった。

もちろん春らしい好い天気の日もあり、久しぶりに裏山(GrouseMt.)に上ってみた。裏山には普通ゴンドラに乗って上がるのだが、夏には歩いて登るのもかなり人気がある。

山の上にはまだかなりの量の雪が残っており、これから夏場にかけてのいろんな行事のために、わざわざ除雪をしているところだ。
ゴンドラ乗り場や山の上には、Glen Greensidesという人が10年あまり前に彫ったみごとな木彫りが沢山おいてあり、それを見て歩くのも楽しい。みんな一本の木から彫り出したもので、なかには直径2m以上の作品もある。
まだ積雪の残る道
GrizzlyBearのCabin今回裏山に上った第一の目的は、冬眠から覚めた2頭のGrizzly Bearという大熊(将来の)を見ることだった。
2頭とも親なし子で、どこの動物園も引き取ってくれなかったので、彼らが射殺される前にこの裏山の経営者が引き取ることになったということだ。
鼻の白っぽいのが"Grinder"で、B.C州の北部内陸の道路をひとり(1頭)で弱々しく歩いていたのを、その地域に住むインディアンに助けられたのだそうだ。

もう一方は"Cooler"で、母熊が車と衝突して亡くなったそうだが、その時いた3頭の小熊のうちの1頭。あとの2頭は逃げてしまったそうだ。

Grinder Cooler
去年の9月にこの親無し子たちは裏山につれてこられ、彼ら用に特別に作られたホンモノの"Cabin"で11月の終わり頃から冬眠に入ったそうだ。冬眠中はそれこそ寝てばかりで、食事も排便も全く無し。もちろん体重はかなり減ったそうだ。太りすぎの人は「冬眠」もやせるためのひとつの手段かも!?
冬眠中には内部に設けられたビデオカメラで観察されていたが、4月になって彼らがそのカメラを壊したため、飼育係は彼らが目をさました証拠とみなしてCabinの戸を開け、今では1ヘクタール程の囲いの中で放し飼いにされている。丘や木々のある自然そのものの囲いで、彼らは木に登ったり雪滑りをしたりして遊んでいた。
冬眠中でも、筋肉を保つためにかなり頻繁に体を動かすそうだ。彼らは力の強い大きな動物なので、囲いには高電圧の電線が張られている。これから夏にかけて囲いの中は倍ぐらいの広さにされるそうだ。こうして人間に飼われる熊たちは、自然の中で自力で生きていく知恵がないため、将来自然に解放することはできない。
Coolerは、Grizzlyの中でも太平洋に近い地域に住む種類で、サケなど十分に食物があるため、Grinderのような内陸種よりかなり大きくなるという。内陸種は植物が主食で、オトナになっても250kgぐらいにしかならないが、沿岸地域の熊は400kg以上にもなるそうだ。今年の冬に冬眠に入る頃には彼らの体重は130〜140kgにはなるだろうということだ。これからも時々、GrinderとCoolerの様子をを見に裏山に上がってみるつもりだ。