No.276平林寺と野火止用水

---秋色の武蔵野歴史ウォーク---
(歩程約4時間、ランクA)マップ

柳瀬川の堤
朝9時に柳瀬川駅西口に集合、いつもよりずっと遅いし集合場所も違うので 、ちょっと戸惑う。 柳瀬川の桜並木の土堤を新座方面に向かう。柳瀬川は、河川改修が効を奏し 、きれいになって鯉も泳いでいる。
ショッピングセンター「オリンピック」が見えるあたりで左折し、家並みの間を通って 「普光明寺」につく。立派なお寺で1200年も昔に開山されたとのこと。 悲劇の将軍「源ノ頼家」が奉納したと伝えられる千体地蔵がある。33年に1回御開帳とのこと。 、享保年間につくられた山門も立派である。ここで一休みする。

普光明寺地蔵堂



次に大和田氷川神社に向かう。大和田氷川神社はあまりパッとしないがここも1200年 の歴史のある由緒正しい神社である。 ここで平林寺の修行僧数人と挨拶を交わしてすれ違った。皆、礼儀正しくすがすがしい若者達だ。 日本の将来も捨てたものではない。
コースは、係りの人がいろいろ苦労してくれたようで、 国道254「川越街道」にでないように裏道、畑の中と複雑に辿って平林寺につく。

平林寺は、知恵伊豆といわれた川越藩主「松平伊豆守信綱」の遺言で現在の岩槻市から 1663年に移設されたとのことで、57万平米の広い境内の雑木林は天然記念物に指定されている。 これだけの広い面積で武蔵野の雑木林が保存されているのは、ここだけではあるまいか。
ここは俗世間を離れた厳しい修業の場、本来なら我々俗人が騒々しく闖入するのは 憚られるのだ。喝!
雑木林は四季折々いろいろな表情を見せ、いつ来てもあきない。 鐘楼付近のケヤキの黄葉、カエデの紅葉が美しい。
松平家墓所を見て、語源となった「野火止塚」と有名な「業平塚」の近くの 開けたところで昼食をとる。 武田信玄の娘「見性院の墓」、鐘楼、本堂など三々五々を見学してから集合し、野火止用水へ向かう。 平林寺の裏手の道から、野火止用水沿いの緑道にはいる。


平林寺山門の紅葉
鐘楼の黄葉
野火止用水は、思ったより細く幅1メートル余りの堀である。 この用水は350年程前に、松平信綱が安松金右衛門に命じて掘削したもので、 現在の小平市小川から玉川上水を分水 して、志木市宗岡で新河岸川に合流する約25キロメートルの水路である。
金右衛門さんは優秀な建設技師で4ヶ月で大工事を竣工させた。しかし、高低差の少ない関東平野 ゆえ当初はうまく水が流れず、完成後3年もたった秋の大雨の日に、大地が裂けるような音と共に どっと流れが押し寄せ、一気に通水したとのことである。
木漏れ日の野火止用水を行く
以来、野火止地域の田畑を潤し人々の生活を支えてきた。
現代になって、水道敷設と水質汚濁で役割を終え、昭和40年代には通水をやめ用水は空堀やドブとなり荒れてしまった。 本流の玉川上水も同じであった。
昭和59年、野火止用水復活事業により再び水が流れ、緑道も整備され往時の姿を取り戻した。
秋晴れの木漏れ日のなかの散策を楽しんで、史跡公園で休憩。新座ゴルフクラブを過ぎて用水を左に別れ、 商店街を抜けてゴールの東久留米駅に到着した。街にはもう「年賀ハガキ印刷承ります」の広告が目立つ。

山道をセカセカ歩く貧乏性な癖のせいか 予定より40分も早くついた。リーダー、サブリーダーの周到な準備と好リードのおかげで迷子になることもなく、 秋の一日の閑遊を楽しむことができた。感謝。

平成16年11月7日(日)、天候:晴れ、参加者52名
		  CL鈴木圀臣、SL金谷よし子
コースタイム
ポイント   到着時間  出発時間  所要時間
柳瀬川駅    −	  9:15
柳瀬川堤    (9:20)                 0:05
柳瀬川橋    (9:45)            0:25
普光明寺        9:50       10:10       0:25
大和田氷川神社  (10:15)     -           -
平林寺     11:15   12:50    1:05
野火止用水史跡の碑 (13:15) -           -
史跡公園       13:25      13:35       0:35
新座ゴルフクラブ (13:55)   -           -
東久留米駅      14:20                  0:45
                   歩程 3時間20分